平成14年9月3日

UJI 花散歩 壱拾六


かかわった人々のレベルの高さを伺い知る――アサガオ

 朝顔は、日本独自の園芸植物して鑑賞されて来ました。ですから、英名もJapanese morning glory です。また遺伝学研究における研究材料として用いられてきた経緯があります。約1200年前の奈良時代に薬草として「朝顔」は渡来しました。江戸時代後期、文化文政期(1805〜)に他の園芸植物と共に朝顔がスポットライトを浴びました。この大きなブームを迎えるまでの約1000年間は、地下水の如く静かに栽培されます。しかし、薬草としての用途だけでなく、鑑賞用として栽培されたのは想像に難くない、と専門家は言います。嘉永・安政期に再び大きな朝顔ブームを迎えます。当時のブームには、貴族や大名から植木師や一般庶民までもかかわり、幾つもの突然変異形質を組み合わせた複雑なものが鑑賞されていたそうです。いわゆる変化朝顔といわれるものです。文化文政期と違い、栽培法は秘密とされ、如何によい花を作り出すかにしのぎを削っています。これらの花のほとんどは不稔のため、一見正常に見える兄弟株(親木という)から採種して、それから分離してくる変わりものを鑑賞していたのは間違いないようです。「メンデルの法則」発見以前に、経験則にしろ、このような不 稔系統を維持していたのは、驚くべきことだそうです。この時期の朝顔の命名法も、葉の「色」「形」、茎の「形」、花の「色」「形」、花弁の「重ね」の順に記述したものが確立しており、現在の遺伝学からみても非常に理にかなったもので、このことからも当時、朝顔にかかわった人々のレベルの高さを伺い知ることが出来ます。この「朝顔」は、智泉荘周辺のもので、伝統的な朝顔といってよいのでしょうか。花言葉は「愛情の絆」「固い約束」です。











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