平成15年1月2


UJI 花散歩 壱百弐拾七

みんな一体になって、まんまるく、円満で、一つ心―カガミモチ


宝蔵神社の鏡餅お供え

  
 お正月のはじまりは、先祖の御霊を祭る行事(魂祭)だったといわれています。そのため今でも、全国各地に魂祭のなごりをとどめるお正月が数多く残っているそうです。その精神は万物の霊に感謝し、家々に注連縄(しめなわ)を張って歳神様をお迎えし、新しい生命をいただき、子孫繁栄を願うという形で現代に受け継がれてきました。稲の実であるお米で餅をつくり、その茎である藁で作った注連縄を家々に張り、神聖化するのも日本人の神への感謝と新しい年への願いのあらわれなのでしょう。稲によって生きる糧を得てきた日本人が、それを神聖なものと考えるのは当然のことでしょう。鏡餅(かがみもち)は、円くて平たい鏡のように作った餅をいい、お正月やお祝いのときに大小二個の餅を重ねて神仏に供えます。もともと歳神様への供え物である鏡餅の形は、歴代天皇が継承する三種の神器のひとつで「智」をもって世の中を治める道具とされた銅鏡の形からきたといわれています。上下一体となった形は、太陽と月をあしらっており、一年という年をめでたく重ねる、という意味がこめられています。 鏡餅が一般にも普及したのは、室町時代以降のことといわれています。これは、それまでの住居の建築様式が変わり、家に床の間が出来るようになり、床飾りとして普及していったといわれています。大聖師谷口雅春先生は、鏡餅について御著書『古事記と現代の預言』に次のように述べられています。

 鏡餅というものを、お正月に何のために床の間に飾ったりするかというと、あれは“心の鏡”として反省するためで、こういう円満な心円い心になって、夫婦一体に、仲良くこう重なっていないといかんぞよと、示されているのであります。まことに家族は皆ばらばらではいけないのであって、みんな一体になって、まんまるく、円満で、一つ心になって了わなければならんのであるということを、お正月即ち年の始めに、新たに生れる積りで、今年はこの鏡餅の如く家族がバラバラでなく一体となり、円満完全に夫婦仲良く致しましょうという象徴行事がこの正月の餅飾りである訳であります。













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