平成15年2月12

UJI 花散歩  壱百四拾四

春の木と書いて読む字は日本の国字―ツバキU

 ツバキ(椿)は、古くから日本人に注目されていた植物のようです。『日本書記』には天武天皇の3年(675年)に吉野からシロツバキが献上された話があります。また正倉院には、金銀など五彩に仕上げたツバキの杖があり、女帝・孝謙天皇が天平勝宝4年(752年)に東大寺の大仏開眼供養の際に使ったと伝えられています。『世界の炭焼き日本の炭焼き』によると太安万侶(おおのやすまろ: 723年没)の墓から出てきた炭は、ツバキ炭だったそうです。ツバキという名の由来は、「艶葉木」または「津葉木」(葉に光沢のある木)の意味である、といわれています。また、春の木と書いて読む「椿」という字は、日本で作られた国字で、中国の「椿」(チン)とは全く別種の木です。この木は、日本では「香椿」(チャンチン)と呼んで区別しています。ツバキは、お茶と同じ仲間ですが、それと関連があるのかないのか、茶席に飾る花としてよく使われます。もっとも、ヤブツバキなど質素な品種に限られます。花言葉は「ひかえめな愛」です。このツバキは、羽衣(はごろも)という名前がついているものかも知 れません。御存知の方はお知らせ下さい。(末一稲荷神社太鼓橋周辺)


太郎冠者=有楽
 アップされた写真を「羽衣」かもしれない、とされていますが違うように思います。今、手許に世界文化社の『お茶人の友 茶花の図鑑 炉編』があります。それによれば、「羽衣」は江戸時代の記録に屡々見られるそうですが、これは現在の品種とは別のものだそうです。現在の「羽衣」は明治時代に名づけられたものです。八重の蓮華咲きで椿の中でも最も人気のあるものだそうです。これは「一重」ですから「八重」でもう違いますし、蓮華咲きでは勿論ありません。では、何なのか? 前掲の書によるとたぶん「太郎冠者」ではないでしょうか? 「太郎冠者」は関東での呼び名ですが、織田有楽斎(おだうらくさい)遺愛の椿と知られているため、関西では「有楽」と呼ばれることが多いようです。厳寒期の茶花として重宝な花だそうです。(豪 丈太郎さんより情報提供 平成15年2月14日)

※旧城下町として発展したところが盛ん―ツバキ「UJI花散歩 壱百参拾四
※春の木と書いて読む字は日本の国字―ツバキU「UJI花散歩 壱百四拾四
※一重咲きの京ツバキ・初雁―ツバキ V「UJI花散歩 壱百四拾七
※古い椿の白角倉―ツバキW「UJI花散歩 壱百四拾九
※春を待ち望む時期に春を告げる―ツバキ X「UJI花散歩 壱百五拾
※古くから茶花として愛好された―ツバキ Y 「UJI花散歩 壱百五拾五
※椿尽しに秋の山?!―ツバキ Z 「UJI花散歩 壱百五拾九
※藪椿に始まり藪椿に終わる―ツバキ [「UJI花散歩 壱百六拾参
※菊更紗という綺麗な名―ツバキ \「UJI花散歩 壱百七拾四
※春は曙―ツバキ ]「UJI花散歩 壱百八拾七
※紅白一対の名木―ツバキ ]T「UJI花散歩 壱百九拾壱
※いにしえよりいのち受け継ぎ―ツバキ ]U「UJI花散歩 弐百
※お止めの椿―ツバキ ]V「UJI花散歩 弐百参
※見納めの椿たち―ツバキ ]W「UJI花散歩 弐百壱拾六
※椿油―ツバキ ]X「UJI花散歩 弐百八拾壱












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