平成15年3月5

UJI 花散歩 壱百五拾五

古くから茶花として愛好された―ツバキ Y

 このツバキ(椿)は、「加茂本阿弥(かもほんなみ)」という名がついています。関西では古くから茶花として愛好された品種だそうです。『槐記(かいき)』(*註)には、進藤一葉の予薬院を招いた二月の茶事に、水木の芽出しを添えて使ったと記されています。豪壮な蕾と美しい葉の対照が、数あるツバキの中でも筆頭とされるものなのだそうです。京都では「宗旦(そうたん)」と呼ばれることもありますが、大徳寺聚光院の「宗旦」とはまったく別のものです。また、「窓の月」とよく似ていますが、「加茂本阿弥」が濃緑色で淡黄色の斑(ふ)が入る葉を持つことがあるのに対し、「窓の月」は斑入り葉がないので別種とするようです。ときに赤い斑が花弁の白色地にわずかに入ることがあり、これを「真鶴(まなつる)」と呼び、枝変りとします。ふつう一重の中輪で、花径が7p〜8pもあります。抱(かかえ)咲きから椀(わん)咲きで、蕾の先端に三頭裂の雄蘂が現れるのが特徴です。蕾が丸く大きくなっていく頃、白さもひとしお増して純白になり、最も美しいといえます。 (愛泉荘周辺)


(*註)『槐記』(かいき) 『槐記』は享保年間(1716〜1736)に成立したとされています。山科道安が近衛家熙の行状を、家熙の口授あるいは見聞にしたがって記した書。茶道に関する記事が多い。前編七巻、続編四巻。

※旧城下町として発展したところが盛ん―ツバキ「UJI花散歩 壱百参拾四
※春の木と書いて読む字は日本の国字―ツバキU「UJI花散歩 壱百四拾四
※一重咲きの京ツバキ・初雁―ツバキ V「UJI花散歩 壱百四拾七
※古い椿の白角倉―ツバキW「UJI花散歩 壱百四拾九
※春を待ち望む時期に春を告げる―ツバキ X「UJI花散歩 壱百五拾
※古くから茶花として愛好された―ツバキ Y 「UJI花散歩 壱百五拾五
※椿尽しに秋の山?!―ツバキ Z 「UJI花散歩 壱百五拾九
※藪椿に始まり藪椿に終わる―ツバキ [「UJI花散歩 壱百六拾参
※菊更紗という綺麗な名―ツバキ \「UJI花散歩 壱百七拾四
※春は曙―ツバキ ]「UJI花散歩 壱百八拾七
※紅白一対の名木―ツバキ ]T「UJI花散歩 壱百九拾壱
※いにしえよりいのち受け継ぎ―ツバキ ]U「UJI花散歩 弐百
※お止めの椿―ツバキ ]V「UJI花散歩 弐百参
※見納めの椿たち―ツバキ ]W「UJI花散歩 弐百壱拾六
※椿油―ツバキ ]X「UJI花散歩 弐百八拾壱












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