平成15年4月6

UJI 花散歩  壱百八拾五

江戸染井村の吉野桜―サクラ


 サクラ(桜)の語源については、いくつもの説があります。代表的なものは、古事記に登場する古代女神「木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)」に由来しているという説です。「木花」とは「サクラ」のことで「咲耶」が「サクラ」の語源だというものです。また、サクラの「サ」は田神(サガミ)のサで、穀物の霊を表す古語であり、「クラ」は神霊の憑(よ)りつく神座(カミクラ)を意味し、「サ・クラ」で「サ」神が集まる場所=「サクラ」という説です。ですから、田植え前に豊作を祈願した神事が、花見の起源といわれています。他に、花が麗(うら)らかに咲くの意で「咲麗(サキウラ)」が転じたという説や「咲くらむ(咲くだろう)」からきている、といったものなど諸説があります。サクラには様々な品種があり、開花する時期もそれぞれ違いますが、日本の代表的なサクラであるソメイヨシノ(染井吉野)は、葉より先に花が咲き、花つきが多く華やかなものです。しかし、このソメイヨシノの歴史は意外に浅く、江戸時代に作られたと言われています。当時から吉野山(奈良県) のサクラの美しさは有名でした。だが、江戸から吉野山に行くことは大変困難なことでした。そこで江戸染井村(現在の東京都豊島区)の植木商が「吉野桜」という新しい品種の桜をつくり、吉野山へ行かずとも吉野の桜を観られる、と言って売り出したのです。そのため吉野桜は「吉野山の桜」だと江戸の人々に勘違いされていましたが、あるとき、染井村の植木商から購入したことが分かり、「ソメイヨシノ」と呼ばれるようになりました。庶民が花見に熱狂するようになったのも江戸時代です。落語の「長屋の花見」には庶民の花見の様子が伺えます。花言葉は「優れた美人」です。(精霊招魂神社周辺) 













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