平成15年5月4

UJI 花散歩  弐百弐拾

みのひとつだになきぞかなしき―ヤマブキ

八重咲き

 山風に吹かれてしなやかにゆれ動くたわわな枝ぶりからヤマブリ(山振)と言われ、それが訛ってヤマブキ(山吹)となりました。ヤマブキと言えば太田道灌(おおたどうかん)の故事を思い出します。その昔、江戸城を築いたとされる太田道灌が武蔵野に鷹狩りに出かけて雨に遭いました。道灌は近くにあった粗末な農家で蓑を借りようとしました。家の中から出てきた娘は何も語らずヤマブキを一枝差し出しました。意味がわからなかった道灌は、怒って雨の中を帰りました。娘は、蓑一つない貧しさを『後拾遺和歌集』に醍醐天皇の皇子・中務卿兼明(かねあきら)親王が詠んだ歌、

七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき

 にたくして詫びようとしたのでした。そのことを人から教えられた道灌は、自分が風流を解さなかったことを恥じ入り、それからは武道だけでなく和歌の道にも励むようになりました。この兼明親王の歌の詞書によると「別荘にいたとき蓑を借りにきた人がいたので、山吹の枝を渡してやった。翌日その人が意味が分からなかったと聞いてきたので、この歌を詠んで渡した」のだそうです。意味は「七重に八重咲きにと山吹の花が綺麗に咲いている屋敷だが、その山吹に実のひとつもできないように、この屋敷には蓑ひとつないのだから悲しいよ」というものです。洒落ていて後世の人にかなり広く知られていた歌です。道灌が知らなくて恥ずかしい思いをしたというのも頷けます。もっとも、道灌のエピソードは作り話だという説もあります。いずれにしろ、このエピソードのために、さらに歌が有名になりました。ヤマブキは、八重咲きのものには実がなりませんが、一重咲きのものは実がなります。花言葉は「気品が高い」「崇高」です。(精霊招魂神社周辺・生長の家バス停周辺)

一重咲き

八重咲き













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