平成15年6月5日

UJI 花散歩 弐百六拾弐

中国から伝わった梅―ウメノミ

   ウメ(梅)の原産地は、中国の四川省や湖北省あたりだとする説が有力です。中国では、紀元前の昔から青梅を薬として利用していたようです。また6世紀に北魏で記された最古の農業書『斉民要術(せいみんようじゅつ)』では、梅の栽培方法や梅干・梅酢の作り方などの加工方法が記されています。日本に梅が伝わったのは奈良時代以前で、そのころ往来した遣唐使によって伝えられたと考えられます。そのころは、貴族などの高貴な人々に生菓子として食べられていたようです。梅干が登場するのは平安時代のことです。戦国時代には兵糧にも加えられ、また戦場を駆けめぐる将兵たちの貴重な薬にもなりました。果樹として広く栽培されるようになったのは、江戸時代からのことで、品種も著しく増え、全国各地で栽培されるようになりました。それまでは主に高貴な人々の薬として用いられてきたのが、庶民にも食べられるようになりました。ところで、梅雨はどうして梅の雨と書くのか? 実は梅雨の梅は花ではなく実をさしています。梅の実は、まさに梅雨の季節が収穫時なのです。中国では、梅の実が熟す頃に降る雨を「梅雨」と呼んでいて、それが江戸時代に日本へ伝わり、日本でもそのように呼ばれるようになったそうです。梅雨は梅にとって恵みの雨になります。(智泉荘周辺)













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