平成15年6月22日

UJI 花散歩 弐百八拾弐

盛者必衰の理をあらわす―サラソウジュ

  祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 
        沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす(『平家物語』より)

 サラソウジュ(沙羅双樹)といえば、まず思い出すのは『平家物語』です。朝咲いて夕方には散ってしまうこの花の特徴が、「人生のはかなさ」を表している『平家物語』の冒頭でも名高く記されています。沙羅双樹はお釈迦様が入定(にゅうじょう)されたとき、いっせいに花開き、またたくまに落ちて御身を飾ったとされます。インドと日本の沙羅双樹は種類が違いますが、インドボダイジュなどとともに仏教聖木の一つです。仏教聖木ならば何処のお寺にもありそうなものですが、日本全国でも数少なく、なかなか見ることができないそうです。沙羅双樹は、朝に直径5センチほどの純白の花を付けますが、夜には散ってしまう短命のはかない花です。学識名はナツツバキ(夏椿)でツバキに似た白い花をつけ、花びらの先、葉っぱが縮れているのが特徴です。花の形そのままで木の下に落ちてしまいます。梅雨の花というとアジサイがまず第一にあげられますが、ナツツバキも梅雨の時期に咲く花の一つです。花言葉は「愛らしさ」です。(智泉荘周辺)


 
 
 和田義男さん(東京在住・大成建設蒲搦磨jから、次のようなおたよりをいただきました。おたよりと共に、和田さんのホームページから「沙羅双樹」の正しい解説を御許可をいただき掲載いたします。(平成16年4月21日)

沙羅双樹の説明について

和田義男 (東京)

 はじめまして。Wa☆Daフォトギャラリーを主催する和田ともうします。
 突然で恐縮ですが、老婆心ながら、貴社の沙羅双樹の説明は、一部に誤解があると考えられます。お寺に少ないのは、夏椿は本当の沙羅双樹ではなく、お釈迦様とは全く関係のない木だからです。

 当方の稚拙なページをご覧下さい。
インド通信
http://wadaphoto4.web.infoseek.co.jp/india3.htm

 失礼しました。

Wa☆Daフォトギャラリー
http://wadaphoto.com/
和田義男


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 沙羅双樹
サラソウジュと読みます。和名:サラソウジュ、サラノキ〈フタバガキ科〉 学名:Shorea
Robusta 英名:Sal Tree ベンガル名:Shal Gach(サルガチ)
※高さ30mを超す落葉高木。しばしば純林をなす(西岡直樹さんの注釈から)
平家物語にも、出てきますので、名前をご存知の、日本の方も多いと思いますが、ここベンガルでは、ごくごく普通に、この沙羅の林を見ることが出来ます。

 沙羅双樹の花
 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす
 驕れる者 久しからず ただ春の夜の夢の如し
 猛き人もついに滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ

 沙羅の花の色は、黄色がかった白で、春に小さな花を枝の先につけます。プルリアでは、3月頃に開花が見られます。
 お釈迦様も、クシナーラ〈現ビハール州)で、弟子に見守られて、入滅の為、横になられた際、その周りの四方に対(双・二股)になって生えていた沙羅の木が、ときならず、満開の花を咲かせたそうで、それで、この対のサルの木が、沙羅双樹と呼ばれるようになったのだそうです。
 お釈迦様の入滅の最後のお言葉は、「もろもろの事象は、過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい」だったそうです。
このサルの林を歩く時の、葉がさらさらとこすれる、極楽の川音を連想させてくれる、なんとも言えず良い音を、添付の画像からご想像下さい。インド勤務の、至福の贅沢です。(丹下)

 夏椿と沙羅双樹
 日本では夏椿(なつつばき)のことを娑羅樹(沙羅双樹)と呼んでいるが、誤解による呼び名である。昔ある僧侶が夏椿の木を見てインドの沙羅双樹と思い込み、それを広めたために間違った呼び名が生まれたといわれている。
 広辞苑は夏椿の別称を沙羅樹(しゃらのき)と説明している。今でも京都のあるお寺では、二股の夏椿を沙羅双樹と表示している。このため、夏椿を見て、祇園精舎の鐘の声・・・と説明しているホームページが散見される。
 平家物語の作者も、純白の夏椿の花が突然首からポタッと落ちてゆくはかなさを見て、世の無情を悟ったのだろうか。(和田)

夏椿 ツバキ科の落葉高木。山地に自生。高さ約10m。幹の肌は滑らかな黄褐色で、サルスベリに似る。葉は楕円形で、裏面に絹毛を生ずる。6月頃、葉腋(ようえき
葉のつけ根)に大きな白花を1個ずつ開くが、開花後間もなく散る。庭木とされる。娑羅樹(しゃらのき)。 (広辞苑)

 双樹のいわれ
 沙羅双樹の「双樹」のいわれは諸説ある。西岡さんは本の中で、釈迦が二本の沙羅の間に横たわったから双樹といわれるとしているが、本稿の丹下説は四方に対(双・二股)になって生えていたからだとしている。京都のあるお寺では、この木は二股になって成長する特性があるため、沙羅双樹といわれるようになったと説明する。
 インド通信の写真を見ると、二股に生えている木が多く見られ、まさに二本の木が生えているように見えるので、丹下説ないしはお寺説に説得力があるように思われる。(和田)

 
 












©生長の家宇治別格本山