1364環境問題に目を向けた時、自分の問題は解決していた

一般練成会体験感想文

 真理の勉強はやる気がないので、親が宇治まで来て練成を一緒に受けている中、
講話中は寝てたりして、サボりまくっていました。

 しかし、そんな僕をたった一つの講話とVTRが救ってくれました。
それは環境問題についてのものでした。

 最近の生長の家では地球環境問題を非常に重視しています。
約十年前、僕が小学生練成会に行っていた時は環境問題についての講話など
全くと言っていいほどありませんでした。

 宇治に来る前からノーミート等は意識していましたが、問題については軽く捉えていました。
講話では家畜として飼われている牛や豚にも心があるんだとよく解りました。
牛や豚は人間に殺される直前、何かを察知したかのように歩いていた足が止まったり、
泣きながら恐怖におびえ、尿を漏らすそうです。

 狭い飼育小屋ではありながらも今まで一緒に暮らしていた人間に何のためらいもなく
スタンガンで頭を打たれ、一生を終えます。

 牛や豚は考えると思うんです。
生まれたその瞬間から人間に食べられる目的で生かされている。
殺されるために生きている。なら自分は何故この世に生まれてきたのか。
何年も一緒に暮らしてきた人に裏切られる。
牛や豚の気持ちを考えると涙が止まりませんでした。

 世界には世界中の全人口が満足して食べてもまだ余るほどの穀物が存在します。
それなのに毎日数え切れないほどの人が死んでいく中、一部の先進国が
大量の食べ物を捨てている。

 生きたくても生きられない牛や豚がいる。
食べたくても食べられない多くの貧しい人達がいる。
そんな中、授業をサボっても三度美味しい食事がとれる。
眠れる場所がある。自由な人生を生きられる。

 二十年も生きていますが、天地万物に感謝すること、調和すること、
その意味が初めて見出せました。

 宇治に来ても講話は病気や障害のことばかり、感謝をする意味や、
神の子を自覚する意味が全くわかりませんでした。

 健康な自分にとって病気がテーマな講話はとうてい無縁だからです。
人が願望を抱く時、そこには必ず元となる原因があります。

 足が動かない人は歩きたいと思うし、父がいない人は父と話してみたいと思う。
すでに健康である僕が健康になりたいと思わないのはいたって当然のことと思えます。

 講話が全くやる気にならなかった原因が解りました。
でも環境問題を解決するには、大前提として人間神の子の真理が必要となるとも解りました。

 皆が皆宇治へ来た時は自分の問題を解決しようと必死になってきたと思います。
正しい答えかは解りませんが、僕は環境問題に目を向けた時、自分の問題は解決していました。

気の持ちようというか、人間神の子を自覚しきることにより、勝手に解決する問題でした。

 自分の問題をさしおいてでも他の人の力になりたい。
自分が代表者となり、自分と同じ苦しんでいる人達を助けてあげたいと思った時、
知らぬうちに問題は解決しているものだと思いました。


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