1643 寂しかった過去と満たされない結婚生活に光明が差し込んだ!

10月一般練成会感想文

 ある日の長田講師の講話で、
「永遠の価値あるものが得られるならば、消えていく現象はどうでもよい。
自分は何者であるのか」この言葉が “本当の事がずっと知りたい” 
と思っていた私の心の底の底の闇に響き、溢れる涙が止まりませんでした。

 私は何故宇治に来たのか、抱えきれない問題に憔悴し、練成を受けに来て、
それから研修生になりましたが、もはや問題解決は切っ掛けに過ぎなかったことに気付きました。
「自分は何者であるのか…」思えば5~6才から本来の明るさとは裏腹に
いつも悲しく寂しい自分がいました。
そしてその事をずっと両親のせいだと思って生きてきました。

 父親はいつも不機嫌で、その父親が母親を取るから母に甘えられず、
父が母にキツイことを言っても母は言いなり、その母はいつも忙しく、
不在のことが多く、私はとても寂しく感じていました。

 高校生の頃、「忙しい両親にとって邪魔者の私は死んで葬式でもしない限り私の予定を優先しない」
と結論付けていました。
私はいつも満たされず、不安と心の闇を抱えたまま大人になってしまいました。

 もともと自由気ままな性格に加え、両親からの愛情表現に対する不満ばかりで
生きてきた私と結婚した夫は、私にどんなに振り回されて大変だったことか、
人一倍優しい夫は私の寂しさを埋めようと努力していたのに私はそれを拒絶し、
自分の思いに縛られ、夫の心を裏切り、悲しませてきました。
今思えば夫の姿は私自身で、問題を作ったのは全て私だったと痛感しています。

 鵜飼講師の「父母への感謝」の講話で、私をずっと苦しめてきた悲しみの正体が分った気がしました。
人間の運命は、過去世で自分が人に与えた同じ気持ちを受ける。
同じ環境で育った兄弟の中で、「何故私だけが」と思える事もあるが、それは誰のせいでもなく、
実は自分の業が反応していたのだと解り、心が軽くなりました。
結局私は自分に相応しい両親のもとに生まれてきていたのだと気付きました。

 両親はずっと、たった一人の私だけのために祈り、愛してくれていたのに、
自分が辛いと思った体験だけを勝手に心で握り締め、いっぱい愛してくれていた
親の気持ちを拒絶していたこと、父母がどれだけ我慢し、悲しかったかと全く考えてこなかったこと、
それら全ては自分が気付いていなかっただけと解り、涙と共に胸の中から
温かさを感じる自分がいました。

 今は研修生に戻れるこの身の上を心から感謝しています。
研修生は三正行を通して愛の表現の場を与えられ、神様からどれだけ愛され、祝福されているか、
驚く程気付く事が出来ました。
ただただ喜んで、「はい、ありがとうございます」をひたすら繰り返し、内なる神を感じ、認めてゆきます。

 この世に生まれてきた時は母親の胎内からでしたが、今は宇治別格本山という胎内で、
生まれ変わりの準備をしています。私は神の子だと決めて、これから臨月、そして出生に向けて、
魂の家族である研修生仲間と偕に、汗と涙と無限の喜びと感謝で研修に励みます。



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