1823自殺未遂、行方不明になった時の両親の気持ちに気が付き、両親の愛に本当の感謝が出来た!

一般練成会体験

  研修生活から逃げ出そうとする自分、過去の悪習慣を克服するため、
「生きることの喜び」「困難に立ち向かう勇気」を再認識しようと思い、一般練成に参加しました。

 前回参加した練成会で、長田講師に「ごめんなさいが入って無いありがとうは、
本当のありがとうじゃないんですよ」という言葉をもらいました。
とても大事なことだと感じたのですが、上手く飲み込めず胸に残っていました。
前回の練成会中、「ありがとうございます」と声に出しながら、ごめんなさいと念じたのですが、
気持ちは落ち込むし、 「何だ、罪なしでは無いのか、私は赦され、
自由自在で悦んでいるだけで良いのではないか?どうゆう事なのだ。何故、私は苦しいのだ」
と大混乱しました。

 練成中の「実相円満誦行」では、声を張り上げて、周囲の人々、
研修生一人一人の顔を想い浮かべ、講師の皆様、祖父母、
両親、姉と妹の顔をつらつら想い浮かべ感謝。

また母の顔を想い浮かべながら、息子が自殺未遂をした時、
行方不明になった時、精神病院で無気力な姿を見せた時、
母はどんな気持ちだったのかなと思うと、絶望と悲しみと怒りがスッと思い当たりました。

 母の絶望は、28年間の喜んだり、悲しんだり、笑い合ってケンカもした親子関係を否定され、
親としての自分も否定されたような絶望です。
 悲しみは、愛する息子が死を望む程、人生を悲観していた事実に対する悲しみです。
 怒りは、自分勝手な選択をして、親族、友人等、残される人の悲しみよりも、
自分の目の前の困難から逃避するために死を望む、
卑怯で情けない親不孝のバカ息子に対する怒りです。

 私は「実相円満完全」と唱えながら、ごめんなさい、申し訳ありません、ごめんなさいと念じました。
大声で唱えました。失踪し、親が雇った興信所の人に見つけられ、
父が迎えに来て、泣き顔の父に抱きしめられた事、家で母が声を震わせて
「お帰りなさい」と声をかけてくれた事。理解できない程の深い愛でした。
こんな私、罪深い私でも神は赦し、愛して下さっている。両親は私の幸福を願って下さっている。
感謝しかありません。「ごめんなさい。ありがとう。」「実相円満完全」なのです。
私も神の子で、私は私を赦し、私と両親と他の人々の幸福を祈ってよいのです。
それを実感しました。

 心の底に染み入るような悦びの誦行を経験しました。
もう、逃げません。自分と他の人間が幸せになるように祈って生きていきます。


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