『 宇治だより 』  宇治を愛する人  

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『宇治だより』 第39  平成3年3月1日 

  光明化運動の発進基地―霊地宇治
   生長の家相愛会和歌山教区連合会会長(当時) 辻田 立穂


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新版『魂のふるさと―宇治』(宇治別格本山編)を拝読し、宇治別格本山の開山由来記に感動いたしました。昭和27年より40年足らず、大聖師谷口雅春先生、谷口輝子先生、そして総裁谷口清超先生、恵美子先生の御指導のもとで、聖霊天降る聖地、宇治別格本山で大勢の人々が救われ、生かされてきたのであります。私も、その中の一人であって、この二十年間宝蔵神社新年祭、盂蘭盆供養大祭にお参りし、近年、特にご奉仕させていただくようになりました。

昭和42年、家事に焼け出され、生長の家和歌山県教化部のハッピイ・ハウスに招かれ、生長の家の御教えにふれたのであります。第13回宝蔵神社秋季大祭特別大講習会(詳密講習会)で、体験談を発表させていただき、その後、宝蔵神社大拝殿で地方講師試験を受験し、地方講師を拝命いたしました。

神性開発宇治練成会に参加し、祖先の御霊を祭祀して、心から感謝をささげることによって、救われた私の体験があります。

日本大学医学部を中退し、私自身の不運を嘆き悲しんでいた20代がありました。5年間、一人息子の昌司が「引きつけ」をおこし、病院通いをしていたのであります。私が練成を受け、先祖供養、流産児供養をするこおによって、一切の病い、悩み、苦しみが解消したのであります。そして今、彼は高校の化学の先生をしながら、青年会教区執行委員長として光明化運動に活躍しています。「人間神の子」の真理を教えられ、心霊的、精神面、物質面の法則を知ることによって、人生に生き甲斐を感じ、「ホンモノ」を顕現しようとして来ました。

昭和50年5月、私を生長の家に導いてくれた友人が倒産し、その連帯保証人となっていた私は四千五百万円の債務を受ける羽目になりました。裁判、取り立て、天井から修羅の生活、精神的恐怖、遂に、ヘルニア(脱腸)を患ってしまいました。54年2月の宇治短期練成会に参加、当時練成部長の妹尾壽夫先生から「幸福の3条件」を教えていただきました。①過ぎたることをくよくよしない。②前向きに明るく、勇敢に前進せよ。③常に“人間神の子”ホンモノを見よ。肉体なし、病なし、迷なし。日赤病院で軽い手術で全快しました。

最近、登校拒否、高校中退者が宇治一般練成によって能力が開発され、志望大学に合格する様を見て、唯、神の栄光としか思われません。宇治別格本山は生長の家の大神の人類光明化運動の霊界との発信基地の聖地であります。

 

十年前までは、大型バスに七夕飾りを積み込んで
毎年八月には盆おどりに宮城県から多勢参加させて頂きました。
八月を楽しみに踊りの練習をしていると、不思議に神経痛が治った人が沢山居りました。

宇治に着くと木々の緑も土も建物も神の声を聞いているような、次元の違う清々しさを味わいました。踊りながら御先祖と共に、此の御教えに救われた悦びを表現している実感がありました。

宇治川の豊かな流れに遊ぶ白い水鳥、そして水音を聞いていますと、御自分の命を絶たれても国のため民安かれと、皇位を徳高き仁徳天皇にゆずられた莵道稚郎子皇子の気持までもわかるような気がいたしまして、御陵を参拝させていただきました。

約十年前、本部に奉職させて頂くようになりましてからは度々お世話になりましたが、諸先生方、職員の皆様の清らかな温かさにふれます度に、宇治のすばらしさ尊さを感じました。

 

 

 

 


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