家の方に葉書を頂きました。
「楽しく行ずる練成会」と書いてあり、今、大変な問題をかかえて心が苦しかった私は
「行きたい、何もかも忘れて一日中“行”をしたい」という思いだけで参加させて頂きました。
朝二時半に起きての神想観、今までした事のない一時間以上の神想観から
二日目の朝が始まり、ただ聖経を誦げ続ける一日が満足でした。
心の中は空っぽで何を考える余裕もないまま、ただ夢中で唱える聖経は達成感があり、
寒さも忘れました。
こんなに多く聖経や神想観を一日にしたことはなく、そのまま浄心行に入り、
一日が終わると何とも言えない幸福感がありました。
「神想観は素晴らしい、行は素晴らしい」と潜在意識が満足でした。
「良かった、来て良かった、きっと良い事がある、自分が強くなれる、
帰ってからも良い神想観がきっと出来て、何かが変わる」と感じました。
帰った後もこのままの気持ちの神想観や行を自分の出来る限りしていきたいという思いです。
宇治はやっぱりいつ来ても素晴らしい所でした。
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