1641転倒による人工骨頭置換え手術での不思議な体験

10月一般練成会感想文

  今年五月21日、地元の教化部で「自然の恵みフェスタ」が開催されました。
教区発展のため、大盛会を願って一人でも多く参加して欲しい。
私もその一人にと喜んで向かいました。

 ところが、もう少しで教化部という所で側溝に足をとられ、転倒してしまい、
そのまま一歩も動けなくなってしまいました。

 何とかして家に帰りたいとの一心でタクシーを呼び、家に着きましたが、
痛みが酷くてどうにも我慢が出来なくなり、救急車を呼んで病院に搬送されました。

 検査の結果は「右大腿骨頸部骨折」でした。手術が必要と言われました。
手術名は「人工骨頭置換術」でした。入院日が日曜日だった為、
二日後から検査が始まりました。

 身体を動かさない時はともかく、検査の為の移動の度に
ちぎれるような激しい痛みに襲われました。

 「なぜ骨折したのか」「どうしてこうなったのか」「先祖供養で生長の家に入らせて頂いたのに」と、
自問自答の時、「骨は先祖、一番近い先祖は両親」と、ふと両親の顔が浮かびました。

 親から頂いたこの身体、今まで働きづめで使って来たこの身体、
また、「この身体を支えてくれていたこの骨を取らなくてはいけなくなって
申し訳ありません」との思いと、「神に感謝しても父母に感謝し得ぬものは
神の心にかなわぬ」の言葉が思い出されました。

 親に頂いたこの身体に感謝、この身体を支えてくれていた骨に感謝、
そして今の年になっても親は守っていて下さっている。
「ありがとうございます」の言葉が自然に溢れ出てきました。

 神様がすぐそばで手を差し伸べて下さっていても、自分が振り向かなければ
神様の愛を受けることは出来ない。
「皆さまが祈って下さっている、百パーセント受けなければ申し訳ない」
「自分を拝め、全て神様に全托、結果がたとえどうなろうとも全ておまかせ」。

一睡も出来ない中で、一晩中「ありがとうございます」と感謝を続けました。

 窓の外がうっすらと明るくなる頃、気が付くと足の痛みが和らいでいるのに気付きました。
手術の当日を迎えたのですが、今考えてみると、病室から出る前から、
手術が終わって部屋に帰り、麻酔が切れてしまうまでの記憶がほとんど無いのです。
また、「ありがとうございます」の言葉が雲のように広がって見え、
その雲に包まれて浮かんでいました。

 現実には当日の朝、「私はもう大丈夫、全て神様におまかせした。
過去はない、ケガをした事も病気をした事もない。
前だけを見て行きます」と笑って言っていたそうです。

 手術室から出て来た時、医師が「足を動かしてみて」と声を掛けると
「ハイ」と返事をして左足の膝をすぐ立てたそうですが、
「若い人でもこんな人は少ない、血管も柔らかいし、良い生活をして来られましたね、
私もこんなに年を重ねたい」と言われたと聞きました。

 入院当日から痛み止めは飲まずにいましたが、術後は特にスタッフが来られるたびに
「痛みはないですか?」と聞いて下さいます。

 一日に何回も言われますが、全く不思議なくらい痛みがなく、
抜糸の時でさえもいつの間にか終わっていました。
ただ、熱はなかなか下がりませんでした。

 「これはきっと神様が癒して下さっているお陰」と喜んでおりました。
起きても頭が痛いでもなく、また、フラフラすることもなく、
リハビリは一日も休むことなく続けることが出来ました。

 回復も早かったらしく、「若い人でもこんなに早い人は少ない。
本当にこの年齢に間違いないですか?」と何度も聞かれました。

 二週間目には杖無しで歩かされたり、退院の前には両足にそれぞれ二キロの重りを付けて
病院の回りを歩いたりしていました。それも担当医が回腹の度合いを見てか「リハビリが手ぬるい、
もっと強化して!」と言われた結果です。

 それでも神様に全托のお陰で、強化されても次々と笑ってクリアすることが出来ました。
手術の翌日からは、朝四時過ぎには起きて神想観と聖経読誦、一日一万回の
「ありがとうございます」を退院まで毎日続けました。

 二万回達成出来た日もあります。
そして、医師をはじめ、スタッフ一人一人に感謝の言葉掛けを続けました。

 毎日変わる担当のスタッフが、いつも笑顔で部屋に来て下さり、励まして下さったり、
いっぱいのパワーも頂きました。

 入院38日目に退院出来、念願どおり大祭奉仕もさせて頂けました。
こんな嬉しい事はありません。
これもひとえに、今まで宇治の練成会を受講させて頂いたお陰です。
そして、入院中は神癒祈願のお守りはポケットに入れて持ち歩き、
長田講師に送って頂いたハガキを枕元に置き、事あるごとに読ませて頂いて、
勇気を与えて下さっていました。

 「心が迷う事ないように」と「神に全托」そして、「ありがとうございます」の言葉は、
本当に潜在意識の底までも浄めて下さると実感しています。
本当に「感謝は全てを癒す」でした。

 退院後は入院前と同じように神想観と朝夕の先祖供養、
一日五巻の聖経読誦、時間を見つけては、一万回の「ありがとうございます」を
神の子カウンターを相手に唱えています。ありがとうございます。

再拝

 

 


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