感謝の心がないばかりに、この歳にして人生に躓きました。
ある縁で平成30年11月の一般練成会に参加しました。
練成会に参加し、「コトバが運命を創る」ことを知りました。
躓いてから、3年もの間、悪いことばかり考えて、その通りにどうしようもなくなった私。
「もっと、早くに知っていたら…。でも、もう遅すぎる。」
社会の輪からも外れかけて、生きる気力も無くしていました。
練成期間中、仲良くなった方達に、暗い顔で後悔ばかり話していました。
練成終盤、信仰歴の長いTさんから、
「研修生になりなさい」と言われました。
ただ、ただ、ひとりになるのが怖かった。ひとりになるよりは、いい。
その思いだけで、研修生のことを理解しないまま、12月2日に入山しました。
他の研修生は、生長の家が好きな人ばかり。
「私は違うから。」と心を閉ざしがちでした。
献労では、身体は動かすものの声はあまりだしませんでした。
しばらくなにも取り組む気になりませんでした。
そればかりか、練成会同様、愚痴ばかり言い、研修生にマイナスを撒き散らしていました。
辛くて行事に出席できない時もありました。
様子を見にきて下さったお世話係の講師に、自分のダメさを滔々と語りました。
講師は、「そう思うのは良くなりたい気持ちがあるから。まだ大丈夫。」
と言って下さいますが、「その励ましには無理がある」と思っていました。
それでも、毎回真剣に言って頂き、きめ細かなフォローを受けるうち、
「私、まだ大丈夫なのかな」という気がしてきました。
そして生長の家の明るく徹底した光明思想の中で過ごすうちに、
お世話係以外の講師方にも相談に乗って頂くうちに、
研修生仲間や本山員とも親しくなるにつれて、
「頑張ろうかな」という気持ちが芽生えてきました。
…そう思えるまで入山から3ヵ月が必要でした。
それでも、落ち込んでは元気を取り戻して…の日々。落ち込む期間は短くなりながらも、
ずっと、自分のことだけに精一杯でした。
そのような中、4月になると、入山当時10名だった研修生が奉職等で去り、
3人となりました。しかも、女性は私一人。
ようやく、「しっかりしなければ」と思いました。
ある日、練成員さんに、私としてはオーバーな笑顔で挨拶したところ、
練成員さんも嬉しそうに挨拶を返して下さいます。
それをみて、私も嬉しくなり、「こういうことなんだ」と思いました。
有り難いことに、1人は目立つので、
4月の一般練成会では多くの練成員さんに親しんで頂きました。
多少の気遣いもできるようになりました。少し自信を取り戻しました。
その頃には、みんなと声を合わせて献労・聖経読誦、
みんなと協力して様々なことをさせて頂くことを嬉しく感じる自分がいました。
毎月「今月は下山します」と宣言しつつも、
結局は出ていく意気地がなく、延長を重ねて6ヶ月。
ようやく、ものごとを良いように考え始める気になりました。
明るいコトバを意識し始めました。相手のために祈ることを知りました。
聖経の一部が心に浮かぶ瞬間がでてきました。6ヶ月の成果にしては、小さな変化。
でも、変わったことを喜びたい。宇治の居心地もすっかり良くなりました。
それも、6ヶ月過ごさせてもらったからこそ。
我慢強く見守りご指導して下さったお世話係の清水講師・岡田浩二講師、
研修生の仲間、宇治の皆さん、練成員さん、有り難うございました。
ふとしたきっかけで悩みを話した方が宇治に来る度に私を探して声をかけて下さる…
何人かの信徒さんの、そんな優しさも心に染みました。
また、「あの私」を受け入れて下さった生長の家の懐の深さに、心より感謝いたします。
解決すべき諸問題はかわらずそのままで、やはり途方に暮れるばかり。
でも、「宇治で頂いた温かさと学んだことを胸に、とにかくやってみよう。」
今は、そう思います。…心も弱いまま。感謝も足りないまま。
私は、まだ、まだ、変わりきれていない。でも、もう逃げない。
今に集中して、目の前の小さなことから積み上げていく。祈って、心を育てていく。
神の子であることを忘れず、無限力を信じて頑張っていきます。
また、体験談をまとめることにより、
今後取り組んでいくことが自分の中で明確になりました。
貴重な機会を与えて頂きまして、有り難うございました。
下山してから、約2週間となります。
明るい雰囲気を出すために、「楽しいと思うことをしよう!」と、
ヨガ教室に通い始め、
8年前から落ち着いたら入会しようと思っていた社会人のアカペラサークルに入会しました。
今が最も落ち着いていないのですが、思い切って…。
でも、アカペラは本当に楽しいです。
生長の家で学ばなければ、アカペラサークルにも入らずじまいだったと思います。
そのことにも感謝致します。
そして、就職。一番肝心なこちらもかないました。
不安に駆られる時もありますが、良いコトバを念じて、とにかく、頑張っています。
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