2091幼い頃からの吃音に悩み、劣等感いっぱいの人生から明るい人生に一変

礼状

 宇治別格本山練成部の皆様より、大調和のお言葉の数々の寄せ書きを頂き、
心を大きく新生することができました。ありがとうございます。
この寄せ書きは大切にいつも目にする所に貼っておいて、
心が落ち込んだ時に拝見させていただこうと思います。

 私は昨年11月に宇治別格本山の講師にお電話で個人指導をしていただきました。
私は幼い頃から吃音があり、それを親のせいにして感謝ができませんでした。
ずっと劣等感の塊で、何事も上手くいかないと自分を責めて、
他人を責めて、最終的に自分はダメな人間だと思ってしまう、
この繰り返しでした。
だからといって親に反抗するのでもなく非行するのでもなく、
成人になっても親に感謝はできず、劣等感いっぱいの人生でした。
だから母が信仰していた生長の家は嫌いでした。

 人並みに結婚し、子供も出産して、
このままなんとなく心に暗い塊があるまま生きていくのかと思っていました。
嫁いでから、お舅さん、お姑さんにも感謝が出来ず主人のせいにして、
家の中が暗くなり、私の居場所がなくなりました。
そんな時、母が送ってくれていた『白鳩』誌にふれて、
生長の家に縋る思いで入信させていただきました。

 それから15年の月日が経つ間に色々な事があったけれど、
地元の先輩方の愛いっぱいのお世話や、講師の方々の御指導のお陰で、
少しずつ明るい生活ができるようになっていきました。
地元の総連でお役を頂くようになり、
一所懸命に神様から頂いた使命を果たさせていただこうという想いはあるのですが、
人からきつく言われたり、吃音が出ると自信がなくなり、
人を責め、自分も責めて…の繰り返しで、
もう生きていたくないと思うようになっていました。

 私が生長の家に入信した時に、
地元の先輩が讃嘆日記を書くと良いと教えてくださり、
書いていました。

「私は私を赦しました。私は私と和解しました。
私は私を愛しています。私は私が大好きです。
私は私を祝福します。私は私に感謝します。
私は私を信じます。Aさん(私の名前)は素晴らしい。」

これを1日10回、大学ノートに書いていました。
私は日記のことを教えてくださった先輩が大好きで尊敬もしていましたが、
突然その先輩が生長の家をやめられ、取り残された気持ちになり、
その日記をもう何年も書いていませんでした。

 ところが、昨年11月宇治別格本山に個人指導のため電話をした時に、
対応してくださった講師が、
「自分を赦してください。他人の事よりまず自分を赦し、好きになってください」
と言われ、長年書くことを止めていた讃嘆日記のことを思い出しました。

日記を書き始めた時は日に日に明るくなる自分がいました。
お蔭様でまた書こうと思った時、
生長の家をやめた先輩のことも赦して感謝することができました。
そして生きていたいとも思えました。
講師に言われて、こんな私でも神様に愛をいっぱい頂いていると思えました。

それから日記を復活していましたが、10回も書くのは時間が作れず、
また最近書けなくなっていました。そうしたらまた、
暗い私になってしまっていました。

でも練成部の皆様の寄せ書きを見て、感動を頂きました。
私も神の子で素晴らしい。周りのみんなを幸せにするために生まれてきた。
何でも受ける心境になる。何があっても大丈夫。心が軽くなりました。

コロナ感染が拡大してからネットフォーラムで
諸講師の御講話を拝聴させていただいて、元気と勇気を頂きました。
もう今は拝聴することができませんが、
必ずいつか宇治別格本山に直接お話を聴きに行きたいと思います。

明るく喜んで笑って、私の吃音とも付き合っていきたいと思います。
吃音もそう悪いこともないものですね。
今ある使命を喜んで感謝で果たしていきます。

私の本当に辛い時に勇気と元気を頂き、ありがとうございます。

初午祭には祈願をしたことがありませんでしたが、
寄せ書きと同封されていたのもご縁を頂いたのかなと思い、
気持ちばかりではございますが、祈願させていただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。


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