2222,講話体験感想文

3月講話体験感想文

息子夫婦の問題で関西に来ており、そのおかげで、
宇治の「一日講話」に何度となく参加させていただくことができ、
本当に一生分の幸せな時間でした。
今週中に東京に帰ることになりました。

今日の講話はまさに、私にしていただいたようなお話でした。
息子が辛い大きな問題を抱えながら、
やっと生長の家の本を少し読んだり、
講話を聴いてくれるようになり、
一時は自分の想いだけで息子を
生長の家の真理で裁いていたことに気づき、
自分自身を喜ぶことに徹していたつもりになっていました。

息子が少し教えをわかってきて、私からの話としてきくのではなく、
「素晴らしいご講話を聴いているのだから、もうわかったでしょう?」
などという気持ちが、ついついムクムクと出てきている私がいました。
人の痛みを自分の痛みとして感じる心の前に、
今までの習慣の心の裁きが出てしまっていました。

人を癒すのは同慈同悲の心でした。
東京に帰る前に聴かせていただいて、
大切なことに気づかせていただけて本当に良かったです。

時には当事者である息子も連れながらの参加でしたが、
「人間は神の子。神は完全しかお創りになっていない。
何ができてからではなくそのまま神に愛されている自分をハイ!と受けること。
起こっていることの全てはよくなるためにある!」
そして「ただ愛、ただ感謝、ただ喜ぶ」
ということの本当の意味を毎回のように教えていただき、
自由で楽な自分に変わることが出来ました。

ノートに書いた講師の方々の光のことばを心に刻んで、 明るく楽しく、
地元に帰って皆様と共にこの素晴らしい御教えを伝えていきたいと思います。

有難うございました。


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