「人間は何の為に生まれてきたか?」という
問いに対して自問自答することが続いています。
自分は何の為に生きているんだろう。話す人も居らず、
ずっと一人で生きていても楽しくもなく、
やりたい事も希望もない時期がありましたので、
自分なんてこの世に居なくて良い、
いっその事死んでしまおうかと考えた事もありました。
ですが、自殺する勇気もなく、
死に方を調べた程度で断念しました。
断念すると決めた限りは、生きるしかありません。
とにかく楽しい事をしよう、
人に会いに行こうと思いました。
妻が死んで約6年、子供と別居して約4年、
親とも絶縁状態で仕事も続かず、
一人で生きる辛さで苦しい時期を過ごしましたが、
あるきっかけのもと親と子供に電話してみようと思い、
すぐに電話してどちらにも会いに行ってきました。
親は、謝ってくれて「連絡してくれてありがとう」
と言ってくれました。子どもは泣いて喜んでくれました。
僕の姿を一目見ただけで安心したように涙を流していました。
生きているだけで喜んでくれる存在が
自分にもいたんだと思えました。
親も子供も敬遠していたのは
僕自身の心で僕自身が作り出した闇だったんだ
と気づきました。
今日の講話で「生きているのが仕事、生きていれば良い。
生命にすべてを生かす力がある」と教わりました。
生きているだけで良くて、生きている事が仕事なんだ
と今まで考えた事がないような考え方を知りました。
今までは、親として子供にしっかり教育しないといけないとか、
仕事をしていない自分が子供を育てる権利はないとか、
何もしていない状態で親と顔を合わすことが出来ないとか、
色々な不安・恐怖を自分で作り出していました。
また講話で「怒りの感情をマイナスとして捉えるな。
全て生かす力になる。実は冬の中に春がある。
分断として捉えるな。生命の流れで人生を捉える」
という内容がありました。
子供と別居するきっかけになったのは
僕が子供を怒ったからでした。
子供は何も悪い事をしていないのに怒ってしまいました。
自分の中の劣等感を子供に対して発散しているだけでした。
子供と別居して約4年、小学生と中学生という大事な時期を
親と一緒に暮らせないというのは
子供にとってどんな気持ちだったんだろう、と想像に苦しみます。
ですが、本日の講話で習った
「怒りの感情をマイナスとして捉えるな。全て生かす力になる…」
という内容がすごく心に響き、子供に素直に謝る事、
また一緒に暮らしたいという気持ちを伝えたいと思います。
自分自身を祝福礼拝し、全ての人・物・事を祝福礼拝し、
悦び、現象の見方を変えていこうと思います。
お父さん、お母さんありがとうございます。
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