150,子宮ガン癒ゆ

                   M.Yさん 「宝蔵」第96号(最新号)より  2009年2月24日更新

7月の初め、主人の会社で定期健康診断がありました。会社の方針で夫婦で成人病検診を受けることになっておりましたので、私も検診を受けました。数日後に「子宮癌の疑いがあるので精密検査を受けるように……」との連絡がありました。7月19日に地元の病院で細胞検査等の精密検査を受けました。8月の初めに病院より結果を言われ「子宮癌ですので至急に治療を受けるように……」とのことで、主人と共にビックリしてしまいました。
主人が早速、宇治の神癒祈願を申し込みました。また、その日から主人と一緒に毎日、真剣に神想観と先祖供養をしました。私が普段主治医にしている近くの開業医に相談しましたら「紹介状を書いてあげるから市立総合病院へ行きなさい」と言われました。旧盆などで病院の休みが続いたので、8月18日に‘神癒の人型’を身につけてその市立総合病院へ行き、婦人科で診察を受けました。医師は「全く異常は認められませんね。前の病院ではどうして子宮癌と言われたのでしょうね」と首をかしげて言われました。「念のために細胞を取り、検査してみましょう」と言われました。
8月25日に結果を聞きに病院へ行きましたら、医師は「やっぱり異常なしですよ。今までの心配も今日限りで晴れて良かったですね」とニコニコして言われました。M市の病院で子宮癌と宣告され、神癒祈願の後に、I市の病院で異常なしと言われました。二つの病院とも大きな総合病院ですので、これは神癒祈願のお蔭で子宮癌が消えたのだと思います。私のために熱心に祈って下さった講師の方々に心より感謝申し上げます。


149,孫の喘息が癒された

                        N.Sさん 「宝蔵」第136号より  2009年2月24日更新

この度、神癒祈願のお蔭で孫の喘息が癒されましたので御礼申し上げます。
東京へ嫁に行った娘の長男(8歳)が5~6年前より喘息がひどく、近所の病院で治療を受けていましたが、ちっとも良くなりませんでした。孫の喘息の発作が起こると、見ているのも可哀想な程で、いつも心配しておりました。昨年10月中旬頃、宇治別格本山へ電話をし、個人指導をお願いしました。及川先生が出られて「15歳未満の子供さんの場合は、母親の精神波動を受けています。お母さんが周囲の人々との心の摩擦を止め、感謝の心で調和するように……と言ってあげなさい。」と言われました。
早速、東京の娘に電話すると共に、孫の喘息快癒の神癒祈願を申し込みました。その後どうしたかと案じておりましたところ、11月23日に孫達が遊びに来ました。孫は一回の咳も出ず、楽しく遊んで帰りました。そして12月29日にまた来ましたが非常に元気にしており、有難くて感謝致しました。 
たった1回の神癒祈願で、あれ程ひどかった孫の喘息が癒されたのです。及川先生が言われた「神癒祈願をすると、喘息は全速力で良くなります」の通りになりました。これも偏に生長の家の御教えと、神癒祈願のお蔭と心より感謝申し上げます。


148,母の胃癌が消えた

                   Y.Oさん 「宝蔵」第280号(最新号)より  2009年2月16日更新

この度、母の癌が消えましたので、報告させていただきます。
母は、今から四年前の平成17年に胃に癌が見つかり、日赤病院で手術を受け、胃を半分切除しました。その後の検診でリンパ節にも転移しているのが見つかりました。母の癌は進行癌だったのです。母はまだ50歳代で、症状の進行が早かったようです。
私達は、祖母の代からずっと、生長の家を信仰していますので、母は幼いことからずっと生長の家をやっていました。そして、宇治別格本山の一般練成会を受けたのでした。帰宅してからは、毎日神想観、聖経読誦、笑いの練習を一所懸命しまして、みごとに進行癌が消えたのです。その後の毎月の検査でも全く異常は見られず、健康そのものでした。
しかし、昨年の平成20年12月2日にCT(コンピュータ断層撮影)の検査を受けた際、胃に再度、癌が見つかりました。長女の私は、それを聞きましたらすぐに宇治別格本山へ神癒祈願を出させていただきました。平成20年の12月5日より祈願してもらいました。
そして母も、今度もまた一所懸命、「行(ぎょう)」に励みました。毎朝父と向かい合って神想観をし、そして聖経読誦、実相円満誦行、笑いの練習を実修しました。
そして、12月16日に癌細胞を一層精密に検査するためにPET(陽電子放射断層法)という検査を受けました。そうしましたら、なんと、前回の検査のCTでは、はっきり見られた癌が、今回の検査では「悪性のものは何もない」と主治医から言われたそうです。癌細胞はなくなっていました。本当にありがとうございました。

147,尿道から1センチの結石が!

                        H.Kさん 「宝蔵」第41号より  2009年2月16日更新

本年正月早々長男、次男で本山参拝の折、それぞれが申し込み、御下附頂いておりました実相円満神癒人型、当時小生体調を崩し、就床勝ちの日々でありましたので、心こもるこの贈りものに深謝し、爾来肌身離さず身につけ実相円満完全祈願を念じておりましたところ、窄1月31日満願日を迎えましたので、右の人型二体同封して返納させて頂きます。
この度の病気は、今までに聴いたこともない変わった不思議な病気であり、それは神癒祈願中尿道からある日突然、直径1cmの真珠の玉のような結石が飛び出してきたことです。医師の話ですと、もう少し大きくなっていたら、尿道口を塞いで、手術の必要があっただろう、危ないところでこんな奇跡的なことがあって助かった、しかし、膀胱の中に不整形の結石が、三個程あるから治療してあげると、コレ等を溶して頂き、その後排尿の時、尿道がしみるようですが、段々良くなる心配いらんと申されました。まだ全快とは生きませんが、少し宛目に見えぬ治り方で、良くなっていきます。

146,就職祈願成就の御礼

                        C.Hさん 「宝蔵」第142号より  2008年2月9日更新

去る6月7日付けで、台湾から神癒祈願を申込みさせて頂きました。その中の2名の女性の方が就職のことを申し込みました。
神癒人型を航空便でお送り下さいましたこと、誠にありがとうございます。このお二人は丁度申込日から一週間過ぎた6月13日の神癒人型を頂きました当日に、適当な仕事が決まりました。一人は室内設計の会社に決まり、現在会計を担当しています。もう一人は人型到着と同じ日に、台湾で1、2といわれている病院から看護師の採用通知を頂きました。本人は嬉しくてたまらない様子です。このお二人の嬉しい感謝のご報告を申し上げます。小生の日本語の表現はまだまだですが、お二人の気持ちをお伝えします。
宇治は本当に聖地であります。『魂のふるさとー宇治』の201ページからの「神癒の社 入龍宮幽斎殿」を拝読して翻訳させて頂きましたことによって、アガシャの語る第七次元の実相界の『神癒の社』は宇治別格本山の「入龍宮幽斎殿」ということをしみじみ感じております。

145,神癒祈願中の夫婦共々の体験

                         K.Tさん 「宝蔵」第41号より  2009年2月9日更新

初詣練成の二日目、主人が何かと不満を言っているのを聴いている内に涙が流れ、「相手の姿は自分を映した姿であり類は類を呼ぶ」という言葉を思い、自分の姿でもあるのだと思うと、涙が出てなりませんでした。愛と感謝が足りないんだと思いつつ、食事の時に喧嘩をしてしまいました。その日は会っても口をきかず、講話中もお互いに知らぬ顔をしていました。
その夜主人が布団を敷いていましたら「ガンと殴られたようになり、倒れそうになった。祖父が来て馬鹿者といって殴っていったのだろう」と言っていました。(祖父は永代供養をさせて頂いてる)三日目より講話、体験談、聖歌中に主人がめがねを取り、拭いている姿を見るようになり、流産児供養塔、末一稲荷神社で二人で聖経をあげていましたら、私の身体が左右に大きく大きく揺れるのです。末一稲荷神社には、8月盂蘭盆供養大祭の時に来て主人の名前で祈願をさせて頂きおまいりしました。ハッーと思いましたが、御先祖様も流産児も、主人が宇治に来たことを喜び、私の身体を通して表現しているのではないかと思いました。御先祖様も流産児も、練成を受けて喜んでいるのだと痛感致しました。

144,医者から見放された知人が全快す

                        U.Nさん 「宝蔵」第103号より  2009年1月17日更新

神癒祈願のお蔭で医者から見放された知人が全快しました。 昨年(平成5年)7月始め知人が入院していたところ、医者の方から「入院していても効く薬もなく、治す方法もないので家に帰って、本人の好きなものを食べさせて手厚い看護をしてあげなさい」と言われ半死半生の状態で退院しました。家に帰っても自ら食事をとる気力もなく全く寝たきりの状態でした。
私はそんなことも知らず、家で神想観中に、その人のお母さんが現れ私に「子供を助けて下さい」と頼んできました。びっくりして急いで電話をかけましたら、今一番悪い状態でどうしたらよいか判らないとの返事でした。早速宇治別格本山へ行き神癒祈願を申し込みました。また、その家の霊牌供養もお願いしました。それから毎月、神癒祈願と霊牌供養をお願いしました。
知人はその間一枚一枚紙をめくるように良くなり、一月には起きあがってトイレへ行くようになり、二月にはすっかり治って自動車の運転も仕事も従来通り出来るようになりました。3月14日に会ってみますと顔色も良く、元気で仕事をしておりました。全快したことは神癒のお蔭と感謝申し上げます。今度とも、病に苦しむ人のために余生を捧げる決意をしております。

143,孫は観世音菩薩、小児喘息癒ゆ

                        T.Mさん 「宝蔵」第75号より  2009年1月17日更新

この度、孫の小児喘息が癒されましたのでお礼を申し上げます。娘から電話がありまして、小学一年生の孫が喘息の発作で苦しんでいるので病院へ連れて行き、注射や点滴をうけたが少しも良くならないので、神癒祈願を申し込んでくれとのことでしたので、速達便で宇治に申し込みました。神癒人型が届いて早速、孫がいつも身につけている“お守り聖経『甘露の法雨』”に人型をはさんで、胸に当てて休んだ頃より、さしもの発作がぴたりと止んで、翌日より10日間も休んでいた学校へ行ったそうです。それから一ヶ月もたちますが発作も全くなく、学校に、遊びに元気に飛び歩いているそうです。孫は家族を導くための観世音菩薩であったと思います。

142,気胸癒ゆ

                        N.Iさん 「宝蔵」第99号より  2009年1月10日更新

平成15年10月中旬頃、急に胸が苦しく呼吸が困難になりましたので、地元の国立病院へ行きました。診察の結果、気胸(肺を包んでいる胸膜の腔内)に空気がたまり、肺臓を圧迫して呼吸困難等になる病気と宣告され「直ちに入院しなさい」と言われました。早速、生長の家本部の神癒祈願を申し込みました。入院して精密検査の結果「肺に2~3cmの穴が空いているので各種の治療がだめなら、重傷なので手術をしなければならない」と言われました。胸に管を入れ、電動ポンプで胸膜の腔内にたまっている空気を抜く装置器具をつけてベッドに寝ている状態でした。そのあいだ色々の治療をうけましたがよくならず、手術することになりました。手術をするには気胸を治す専門病院の方がいいと言うことで、11月15日に転院しました。そして今度は宇治の神癒祈願を申し込みました。その専門病院では手術の患者さんが大勢いて順番待ちをしておりました。入院して10日後の検査で、2~3cmもあった穴が自然に塞がり、すっかり治癒していると医者に言われました。また「こんな事はめったにないことなので、実に不思議だ」と医者は首をかしげておりました。神癒祈願のお蔭で手術せずに気胸が癒やされました。そして11月30日に無事退院することが出来ました。心より感謝申し上げます。

141,大腸ポリープ癒ゆ

                       I.Kさん 「宝蔵」第101号より  2009年1月10日更新

平成5年、主人が突然に腹痛を訴え、七転八倒の苦しみようでした。即日、地元の大学病院に入院して、検査の結果は腎臓結石とのことでした。早速宇治の神癒祈願を申し込みました。入院二日目の夜には痛みもなくなり、医師は「痛みもとれたし結石も小さいのが二つありますが、手術せず、しばらく様子を見ましょう。良い機会ですから精密検査を受けなさい。」と言われました。一週間の検査入院で大腸に二箇所のポリープが見つかりました。医師は「放置しておくと悪性の癌になる可能性があるので手術するように……」と言われました。
いったん退院して二週間後に検査のための再入院をしました。一時間半程の検査の時間が経つ間、私は廊下で聖経『甘露の法雨』『続々甘露の法雨』を読誦し続け、一心不乱に祈りました。
やっと検査が終わったらしく医師が「奥さんも中に入って下さい。説明したいことがあります。」と言われましたので不安な気持ちで入室しました。医師は「長時間カメラで腸壁等を丹念に検査しましたが、以前あった二箇所の大腸ポリープは埋没していました。出っ張っているものに対しては切除する義務がありますが、凹みに対しては必要ないのでそのままにしておきました。今日は点滴だけで、終わったら家に帰って宜しいです。」とニコニコして言われました。本当にラッキーでした。神癒祈願のお蔭で二週間程の期間で大腸ポリープが二箇所共に消滅していたのでした。

140,甲状腺ガンが消えた

                       N.Fさん 「宝蔵」第134号より  2008年12月26日更新

この度、神癒祈願のお蔭で甲状腺ガンが癒やされましたので、御礼申し上げます。
今年の夏頃より首筋が腫れ、喉がつかえるようになってきましたので、地元の病院に行きました。何回か検査をして頂き、9月17日に幹部の細胞を切除しての検査をされました。9月24日に病院に行きましたら、医師より「甲状腺ガンです。手術をしますので病室が空くまで自宅で待機して下さい」と言われました。翌25日に宇治別格本山へ行き、及川先生の個人指導を受けました。
先生は「魂の向上する機会が与えられたね」と言われました。私も今までに魂の向上する機会が度々ありましたのに、真剣でなかったと反省させられました。先生の勧めで神癒祈願を申し込みました。帰りに本山の図書により、谷口雅春先生の『心と癌』を買い求めました。家に帰ってから熱心に御本を読み、神癒人型を合掌に挟んで“既に癒されたり”との神想観の毎日でした。
10月21日に入院し、24日に手術を致しました。手術後、家族が医師より呼ばれ「ガン細胞はきれいに消えておりました」と言われました。不思議なことに手術日の24日は神癒祈願の満願日でした。 この様に素晴らしいお蔭を頂きましたのも、生長の家の御教えと神癒祈願の賜物と心より感謝申し上げます。これからの人生を魂の向上のため、より多くの人々に生長の家の御教えを伝道して参ります。

139,ガンの転移のカゲが消える

                      K.Sさん 「宝蔵」第143号より  2008年12月26日更新

昨年2月に乳ガンの手術を致しまして、ケア中ではありましたが元気でおりました。しかし、今年3月、頭の方に腫瘍が転移していると言うことが解り、妹を通じて神癒祈願をお願い致しました。
主人と一緒に地元の病院に行って診察して頂いたところ「これは難しい場所にあるし、4~5cmと大きく、難しいですね」と言われましたが、総合医療センターの先生は府内に3台しかないという“ガンマーナイフ”と言う手術を考えて下さいました。
しかし腫瘍が大きいので不可能となり病院の先生と相談の後、リニャックという放射線治療で4月10日~28日まで、午前、午後の2回全脳にかけることになりました。一週間くらい経った頃より副作用で食事が摂れなくなったり、めまいがしたりとても大変になってきました。毎日神癒人型を身につけ、朝は聖経『甘露の法雨』夕方は聖経『続々甘露の法雨』を読誦しまして「神は我を赦し給いて其の無限の愛もて我を抱きて我を包み給う。我はすでに癒されてあり」と涙ながらに唱えました。食事は少しづつ戴けるようになり、家族の者も喜んでくれました。リニャックも終わり、頭の腫瘍も小さくなりましたので5月5日に退院しました。しかしその後内科の方で骨と肺に癌が転移したのか、カゲがあると言われ、主人も家族も大変心配しましたが、私は病なしと信じて、朝夕の聖経読誦を喜びの内に行じておりました。
7月11日、病院の先生から検査結果の報告があり「どこにも癌も何も無いですよ」と言って頂きました。毎日の神癒祈願の祈りにより助けて頂きました。本当にありがとうございました。

138,生きて動く手に甦った

                       I.Fさん 「宝蔵」第153号より  2008年12月19日更新

昨年末、私共の会社の従業員がちょっとした不注意で左手の甲を機械に挟まれ、大変な事故になりました。
救急車に連絡し、早々に救出作業に取りかかって頂いたのですが、機械の解体をしなければ手が抜けないとの事で、消防署へ依頼してやっと救出されました。その間実に長時間が!!現場を見ることの出来ない私は気もそぞろ、足も地に着かない気持ちで「どの程度の傷なんだろう」「もしかしたら手が切断されたのでは!!」と、やはりついつい実相の完全な姿を信じることが出来ませんでした。その不安と焦りの中から“宇治だ宇治だ”と、とっさの思いで電話にてご祈願のご無理をお願いしましたところ、早速懇ろご祈願を頂きました。
お送り頂きました神癒人型は本人の内ポケットに入れて身につけて頂き、真理の御本も読んで頂くようにお勧めし、私共も、神想観・聖経読誦をもってひたすら完全円満を祝福祈念致しました。
重傷で、手の甲の神経、すじ、筋肉等々相当の深い傷でどんな結果になるだろうと皆心配の毎日でした。が、幸い国立病院廃止の後、神経外科の素晴らしい名医のご診察を受けることが出来ました。
時間的にはだいぶ長い流れのようですが、お蔭様で完全に神経は繋がれ、生きて動く手に甦らされることになりました。医学の進歩と言えばそれまでですが、身近に素晴らしい先生に都合良く縁あって治療に専念して頂くことが出来ましたことは、偏に神様の偉大なるお導きがあったればこそと、しみじみと不偏なる神様の実在が心からありがたく、感謝の気持ちが湧いてくる毎日でございます。

137,大動脈瘤破裂より奇蹟の生還

                       K.Tさん 「宝蔵」第152号より  2008年12月19日更新

私、2年前より主人には、大動脈瘤があると言うことを医師より聞かされておりましたので、出来るだけ血圧を下げるように注意して生活しておりました。ところが今年の1月1日早朝4時頃、主人が気分が悪いと申しますので、額に手をやりますと、既に身体は冷たい状態でした。早速救急車でかかりつけの病院に駆けつけました。病名は弓部(心臓の真上)大動脈瘤破裂で、医師より手術するしかないと決断を迫られました。15時間以上の大手術とのこと、しかし主人は脳梗塞による半身不随の上、82歳の高齢でもありますので、子供達と相談の結果手術はしないことに決め、神様に全托しようと神癒祈願をお願い申し上げた訳でございました。届きました神癒人型は主人の枕の下に敷き、主人が苦しい時は実相円満を念じつつ聖経で胸をさすり、自宅では、娘と交代に聖経『続々甘露の法雨』をひたすら読誦致しました。
この病気になりますと70%はショック死するそうでございます。また入院中、急性肺炎、腸閉塞、院内感染と次々と余病を併発して危篤状態の時もございましたが、お蔭様で4月2日元気に退院させて頂きました。
医師も看護師さんも「元気で帰れるようになるとは思っていなかった。奇蹟のようだ」とおっしゃって下さいました。今は元気になりまして椅子に座り、テレビや新聞を見ている主人の姿を後から見ておりまして、神癒祈願のお蔭だと本当に感謝の外はございません。お祈り下さいました先生方に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。今度は恩返しに励む所存でございます。

136,夫の病癒やされ夫婦調和

                        K.Sさん 「宝蔵」第150号より  2008年12月8日更新

主人は以前より胃の調子が余り良くなかったのですが、昨年12月には水一口を飲んでも吐くような状態になりまして、12月26日に病院に行きますと、即入院となりました。
病名は十二指腸潰瘍、幽門狭窄で腫瘍の可能性もあるとのことでした24時間の点滴、鼻から管を通しての絶飲食の日が12,3日続き、主治医の先生は手術をしなければダメだと思われていたそうです。入院する前に神癒祈願の申込書を送らせて頂き12月27日より神癒祈願をしていただきました。それと共に私は夫の病む姿を見て、全て自分の責任だと思い、心から夫に詫びました。夫は素直でない私に対して言いたいことも言わず、こらえていた事でしょう。だから夫はこんな塊の出来る病気になったのだ。中心を立てなかったから中心が倒れたのだと思い、「父ちゃん御免ね、私が悪いから、私のためにこんな苦しい思いをさせて申し訳ありません」と泣いて手をついて謝りました。夫は「そんなこと言うなよ、出雲の神様が結んで下さったんじゃないか」と帰って優しく私を慰めてくれました。 しばらくすると夫は晴れ晴れとして顔で「あぁいい気持ちだ。こんな気持ちになったのは初めてだ。もう治ったような気がする」と言って本当に嬉しそうな顔をしてくれました。これからは、こんな優しい夫にいやな思いをさせるようなことは言ってはいけないと強く反省致しました。
そんな温かい思いと共に届きました神癒人型を毎日主人の身につけ、主人の完全円満を祝福する神想観、聖経読誦を毎日行じさせて頂きました。お蔭様で1月7日には番茶とおかゆが頂けるようになり、その後はずんずんと良くなりまして、入院時35kgだった体重が、40kgまでになって1月22日無事退院することが出来ました。神癒祈願のお蔭と心より感謝いたしております。
退院後は今までこんな食べ方をしたことがないと言う程沢山食事を頂けるようになり、2月4日の病院の検査では、病院の先生方が胃カメラを覗き首をかしげて不思議がる程に、すっかり塊が消えて健康にならせて頂きました。夫は毎日『生命の實相』を読んでいましたが、退院後は聖経の千願読誦にも私と共に励んでおります。毎日毎日ありがたく、生長の家の御教えのお蔭と感謝させて頂き、御教えを一人でも多くの人に伝えさせて頂くよう致します。祈願の先生方ありがとうございました。

135,手術に神癒をうけて

                       K.Eさん 「宝蔵」第147号より  2008年12月8日更新

合掌 ありがとうございます。私は昨年の3月3日に生長の家の御教えに触れたばかりでございましたので、半信半疑ながらも、義妹の子宮ガンと腎臓病の平癒のために10月2日に神癒祈願を申し込みました。義妹は大変な宗教嫌いなものですから送られてきた神癒人型を渡すことが出来ませんでした。が、本人になり代わり毎日合掌の間に挟み神想観をしておりました。11月7日の手術日には、家に居て聖経を読誦し、人型を手に挟み実相円満誦行もさせて頂きました。夫が帰宅するなり「手術は大変だったらしい。お腹を開いてみたら子宮ガンどころか、腸の方まで転移していて先生達はそのまま閉じてしまおうかと思ったらしい。だが、手術を続けたらしいで」と言い、それは丁度私が祈らせて頂いたのと同じ時刻とのことでした。
神癒祈願に申し込んで以来、人工透析をする程に悪かった慢性腎臓病もすっかり軽くなり、手術後も皆さんが気味悪がる程の回復ぶりです。これもひとえに神癒祈願のお蔭でございます。ありがとうございました。

134,全て神様にお任せして願いが叶いました

                  Y.Eさん 「宝蔵」最新号(第278号)より  2008年12月3日更新

龍宮の掛け軸を頂いて、床の間に掛けさせて頂き、毎朝・夕にお祈りさせて頂いております。何日かした頃、左前方より豆球位の光が私の方に円錐形状にピカーと広がって見えました。何だろう?と目をぱちくりさせていました。それから又、数日後、お祈りの中で、予(ルビ:かね)てより神癒祈願をお願いしています、小向井土地区画整理組合と裁判している中で、色んな事が出て来て、テナントさんや仕事に支障をきたし困惑していました。ほとほと困り、神様にお祈りしないではいられなくて、掛け軸の前で、「神様、土地区画整理組合から、次々出てくる問題はどうしたら良いのでしょうか?」とお祈りしていました。すると、左後方だったと思いますが、「生命あるだけで良いじゃないか」とのお声がありました。
平成13年に主人が急性大動脈解離で倒れて、13時間余りの手術を経て無事生還させて頂きました。奇跡で表現しようもない位もう幸せ一杯でした。生かされている喜び、命の有り難さ、そして何よりも主人が命を懸けて、御教えから遠ざかっていた私を生長の家に引き戻してくれたと思いました。「生命あるだけ良いじゃないか」とのお声に、当時の事を思い出しました。そうかその通りだ、と胸がすっきりしました。これ以後は、何事があっても、「神様ありがとうございます。全て神様にお任せ致します。どうぞよろしくお願い致します。全て良き方向にお導き下さいましてありがとうございます。心より感謝申し上げます。」とお祈りできる様になりました。
小向井土地区画整理組合との裁判が、主人の思い通りの判決で決着しました。新しい土地の購入資金の融資も難航しましたが、支店長のお力添えで無事10月10日に融資が実行されました。主人は眠れない日々が続きましたが、今では昨年末から長男家族と同居していまして、孫にチョッカイをだしては怒らせてじゃれあっては一人で楽しんでいます。日々の生活を楽しむ余裕がでてきました。
初夏の頃でしたか、新しい家が欲しいなと冗談のつもりで住宅展示場に見学に行き、抽選のサインをしてきました。そうしましたら、1週間程前に、住宅展示場の方から当選の連絡があり、家族皆んなで喜んでいます。まだ融資も受けられるかどうかも判らないのに資金の事を飛び越えて他の手続きは全て順調に進んでいます。この現実にマンガみたいでおもしろくて、笑っています。我が家に新築の家が必要ならば建てて頂けると、全て神様にお任せしています。
毎日、家族皆健康でしあわせに過ごさせて頂ける喜びに心から感謝申し上げます。ありがとうございます。

133,七ヶ月間続いていて下痢が治った

                       T.Sさん 「宝蔵」第210号より  2008年11月24日更新

合掌 ありがとうございます。宇治の皆様には度々神癒祈願をして頂きましてありがとうございます。 長い間弱かった胃腸も次第に良くなり、お蔭様で七ヶ月も続いた下痢がすっかりよくなりました。
実は、私の娘夫婦が海外に行くことになりまして、私一人を家に残してはいけないので、胃腸専門の外科病院に入院することになりました。それで入院二日目にトイレに行きますと、尿のでが大変良く、気持ちよくドッーとだくさん出るのです。何時も時間がかかって少しづつしか出なかったのですが、健康の時のように気持ちよく出るようになりました。それで私はとても気持ちよく身体の調子が宜しいのです。
それまで私は一日に七種類もの薬を毎日飲んでいたのですが、この病院に出てからは少しも薬を飲んでいません。先生が回診に来られました時にそのことを申しましたら「あなたはもうどこも悪くありません。もうすでに健康なのですよ」と言われました。私は安心して喜びました。そして毎日内臓を全部丁寧に検査して下さいましたが、どこも悪くありませんので、体験有難く感謝しております。以前から悪かった内臓だけは、入院前に主治医の先生が検査して下さったのですが、それもよくなっていたのです。もう私はすっかり身体の病気が良くなりました。毎日七種類の薬を飲んでいたのに、呑まなくても良くなりました。ありがとうございます。
私は長い間からだが不調だったために食が細くなり、身体がやせて骨皮のようになりましたが、昔から好き嫌いが無く、何でも美味しく頂けまして、今は幸せ者です、これから後も神様に感謝致しまして、人類光明化運動のためにお役に立たせて頂きたいと思っております。神癒祈願をいつもありがとうございます。再拝

132,母の肺ガンが癒された

                       M.Tさん 「宝蔵」第176号より  2008年11月24日更新

合掌 ありがとうございます。 この度はそちらにお出しした神癒祈願のお蔭で、母(80歳)の肺ガンが消えましたので、お礼かたがたご報告させて頂きます。
私の実母は今年80歳になりますが、平成8年春、左肺ガンで手術を受け左肺を全部取りました。昨年(平成11年)12月頃残った右肺の方にもカゲが見つかりました。その時には医師から「このカゲは以前に肺炎を患った跡のカゲかもしれない。来年の2月に再検査しましょう」と言われました。今年に入りまして2月に再度CTをとったところ「カゲが少し大きくなっているので、抗ガン剤を使いますか」と言われました。又「次は4月に再検査をするので、その時は主立った身内の者を喚んでおいて下さい」と言われました。12月の検査の時ヒヤッとしたのですが、“やはりガンの再発だったのか”と私は落ち込みそうになりました。母は“左肺を取っていなければ手術が出来るのに”と思ったそうです。
私は直ぐ母に申し出て宇治別格本山に神癒祈願を出させてもらいました。4年前の手術の時も神癒祈願を出して手術が成功しました。母はそのことをとても喜んでくれました。宇治から頂いた神癒人型をとても大切に長い間もっていました。そして私はこの病気が全快することを信じ、快癒するまでずっと神癒祈願を継続しようと決めました。そしてそれを母にも伝えました。私は母に「もう病気のことは忘れて、神様にお預けして、とにかく明るく笑って毎日をいきいきと過ごすように」と云いました。母は、今は亡き父と共に長い間生長の家を熱心に信仰してきた人でしたので、私の云うことをよく解ってくれました。そして1日2日ですぐ立ち直りました。
私は主人と一緒に、病気を心より放ち、毎朝の神想観の後、いつものように聖経読誦をし、亡くなった父や私の弟の御霊の供養を続けました。母と同居している弟の嫁も、又近くに嫁いでいる妹もみんな生長の家を熱心にしていますので、妹は聖経『続々甘露の法雨』
をあげることを母に勧めました。それから毎日は母、昼間は弟嫁と二人で明るく過ごし、夜は聖経『続々甘露の法雨』を仏前で一緒にあげました。実の母子のような二人なのです。そして3月の神癒祈願の満願の日に、私は約束通り神癒祈願を継続するため母に様子を聞きました。母もこの日のことを憶えていて、とても喜んでくれました。
そしてこの度4月15日に母から電話が入りました。4月の再検査の結果、主治医の先生が「あれはやはり肺炎の治った跡だったのだろう」と一言いわれただけで直ぐ他の話になったと言うことでした。私は思わず「よかったね!」と大声をあげていました。「それはガンが消えたということと違う?」と母に確認すると、母は「二回目の検査で見せてもらった時には、カゲは確かに大きくなっていてもう一つ他にもカゲが出来ていたのに、今回はそれが無くなったから先生が不思議がっていた」と言いました。そして「神癒祈願のお蔭よ」と、とても喜んでいます。本当に病気は消えてのだと私も妹も信じられました。本当にありがとうございました。これからも大好きな生長の家の求道と伝道に励んで参ります。ありがとうございます。   再拝
追伸 私自身も昨年9月宇治の一般練成会受講後7ヶ月経ちますが、自分の病気がすっかり消えてとても明るい幸せな毎日を過ごさせて頂いています。

131,希望する会社に奇跡的に入社する事ができた

                 T.Mさん 「宝蔵」最新号(第277号)より  2008年11月15日更新

合掌ありがとうございます。朝晩の空気が冴え冴えとし、肩をかき抱く季節になりました。高校3年の息子の就職試験まであと2週間という時期に神癒祈願を申し込みました。
希望する会社の選考倍率は、2.5倍です。同じ高校からは10人おりました。息子は10人中10番目の「評価点」らしく、友達からも「次に受ける会社探してたらいいんじゃねー。」と言われていたようです。しかし本人は「俺、一番成績よくないけど、落ちる気がしねえし。」と飄々としていました。
神癒祈願の人型を抱きながら「祈願中の心得」を実践し、神癒の成就を願いました。
学科試験の不得手な息子は、面接に重点を置いてシュミレーション強化をしていたようです。面接では予想外な質問もあり、「自分の考えを半分も伝えられなかった。」と感想を語ってくれました。息子は「次があるさ」と気持ちを切り替えて明るく振舞っておりました。私は、人型から伝わる大安心の力のお陰で必ず合格すると思わせて頂いていました。
「内定通知書」を結果発表日より1日早くに受取ることができました。それも校内10人中3人の合格です。そのような受験の成績の結果なので、息子も「何故、俺が受かんの?」と喜ぶよりも驚きの方が勝っているようでした。まさに奇蹟としか思えない素晴らしい結果を頂きました。
これも神癒祈願のお陰です。心より感謝申し上げます。神癒の媒体となりました「人型」は私の手元からは離れてしまいますが、神様の霊波は心に流れ入り続けているように感じます。息子も「宇宙全体に護られている」と安心しています。ありがとうございます。 再拝

130,先天性遺伝子病が癒された

                      K.Mさん 「宝蔵」第156号より  2008年10月21日更新

平成9年2月18日に出産した息子は、5月にウィスコットアルドリッヒ症候群という免疫不全の先天性遺伝持病だと判明しました。生まれて間もなく血便が出たり、体重も増えず、まさかこんな病気があることも知りませんでした。家の子が何故……という気持ちで毎日不安におびえておりましたが、生長の家を熱心に信仰していた亡き祖母を小さな頃から見ていて、色々なお話も教えてもらっていたからでしょうか、生長の家の神様に神癒祈願をお願いしようと思い立ち、すがる思いで祈願の申込みを致しました。
早速に届けて頂きました神癒人型は無菌室の廊下に袋に入れて下げ、毎日毎日真剣に祈りました。そんな日々の中、札幌の大学病院を紹介され、2ヶ月間の検査入院をして結果的には骨髄移植しか治る方法がないと言われました。
息子の兄の白血球は型が合わなくて、骨髄バンクに登録しました。そしてドナーに巡り会えました。それも本当にラッキーと言われるぐらいDNAまでもが息子と合い、その上その方は市内にいて下さったのです。本当に本当に感謝の涙がこぼれました。これで息子は絶対に助かると信じました。
息子が一歳になるのを待って今年3月に移植をしました。移植後はどんな病気が出て来るか予想も出来ないと聞いていたので覚悟はしていましたが、生きている心地もしない程の毎日の不安な想いも、人型が届くたびに心が癒され安心し、きっと神様が助けて下さる、息子を見守っていて下さると信じることが出来ました。
お陰様で大きな拒否反応もなく、先生達も驚く程、順調に経過してゆきました。この病気の治癒のための移植は全国で3例目で、大学病院の初の遺伝子治療を行った先生方の執刀により、1,2例目よりもずっと成功したそうです。
そして移植後3ヶ月で退院し、免疫も普通のこと同様になり、ひどいアトピーも治り、少なかった血小板も今では普通の子と同じになりました。
これもひとえに神癒祈願のお蔭です。本当にありがとうございました。

129,二つの合唱コンクール県大会で金賞!

                      M.Yさん 「宝蔵」第108号より  2008年10月21日更新

8月11日に行われました「NHK合唱コンクール県大会」の中学生の部で、中一の娘が通っている市立中学校の合唱部が創部以来初めて最高位の金賞に選ばれました。7月中旬頃、部活の先生より「今度の県大会ではピアノ伴奏を」と云われました。娘はまだ一年生なのに2年生や3年生のピアノの上手な先輩達をさしおいて指名されたのでした。娘は人一倍責任感の強い子なので「プレッシャーに負けそう……」と云うので早速、宇治の神癒祈願を申し込みました。
大会当日、神癒人型を身につけて出場しました。合唱部の皆様や先生方も「貴女が落ち着いて上手にピアノ伴奏が出来たので金賞をもらえたんだ」と喜んで下さいました。娘が平常心でピアノ伴奏ができましたのも神癒祈願―神様のお導きの賜物と心より感謝申し上げます。
さらに9月4日に行われました「全日本合唱コンクール県大会」の中学生の部でも、娘の中学校の合唱部が最高位の金賞に選ばれました。この時も娘がピアノの伴奏を致しました。この様にふたつの大きな「合唱コンクールの県大会」で共に金賞を頂いたのも、神癒祈願の素晴らしさの証と感激しております。私も娘に負けないように、12月白鳩会教区大会に向けて、多くの人々に御教え教えを伝道し参加促進に邁進します。

128,生後2ヶ月の子供の百日咳が癒された

                        E.Hさん 「宝蔵」第180号より  2008年10月14日更新

合掌 ありがとうございます。この度、我が子(生後2ヶ月)の百日咳による発作が癒され、完全円満な健康な姿に戻りましたので御礼申し上げます。
生後3週間ぐらいから咳が出始め、病院にかかりましたが、原因不明でお薬を頂いたので服用しておりました。しかし、一向によくならず、急に呼吸困難になり、一時呼吸が停止してしまいましたので、すぐに救命センターへ行き、その場で入院することになりました。
早速、神癒祈願をお願いしました。
その後、入院中は子供の完全で健康な姿を描き続け、発作の度に、「あなたは神の子完全円満」と唱えました。聖経『甘露の法雨』も読誦し、『生命の實相』も繰り返し読んでおりました。そうしておりますうちにふと、助産院から出産退院してきてから、主人や上の子供たちが、自分なりに出来る限りの家事協力をしてくれたにもかかわらず、「もう少ししてくれるといいのに」とか、「どうして自分から気がついてしてくれないの?」などど思ってしまい、不平不満が溜まり、やってくれていることに対する感謝の気持ちが薄れていたことに気がつきました。そして、相手に求めることばかりになっていた自分を反省し、主人や子供達の實相を観て、感謝の気持ちを言葉に出すように心がけました。子供は小さな身体で、私に再び教えてくれたのでと思いました。
多くの方々に祈って頂き、神癒祈願のお蔭で10日程で退院出来、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。

127,妊娠中毒症が無痛安産へ

                        O.Sさん 「宝蔵」第50号より  2008年10月14日更新

妊娠中毒症と破水-
9月29日より嫁の妊娠中毒症の入院中のため、安産祈願をお願いさせて頂きました。出産は去る10月6日でしたが、その前夜(5日)に早くも破水致しましたので、病院の先生も大変心配して下さいまして、息子や私と実家のお母さんとが、6日午後1時過ぎ病院にかけつけました。先に破水しましたので、出産出来るのは明日になるか、それともお腹を切開して産ませるか、如何になるかと云う大切な瀬戸際でした。私は「神癒の社、宇治の入龍宮幽斎殿にて、切なる神癒祈願をして下さっているから大丈夫」と、心に云いきかせ乍ら、実家のお母さんがお腹をさすっていて下さる中で聖経を取り出し、「私が以前交通事故に出会い、重体だった時に、息子が枕元で一心に、聖経『甘露の法雨』を読誦してくれまして、そのお蔭もあり、“よく痛くないね、楽な病人だ”と病院の先生に言われた程ありがたいお経だから、今から読みますよ」と前置きして、聖経『甘露の法雨』を3回程一心に読誦させて頂きました。
愛の神の出現と無痛安産-
分娩室へ入り、ものの5分も経たない頃、赤ん坊の声が聞こえ数分後に、先生が「女の赤ちゃんが無事に産まれましたよ」と知らせて下さいました。丁度午後5時頃でした。生長の家のことも深くは知らない実家のお母さんは聖経を手にしている私に、急に思わず合掌して、「お母さんのご祈願のお蔭ですよ」と涙と共に大感謝の悦びを表現して下さいましたので、私は一瞬愛の神様の出現と感じて、こんなに驚いたことはございませんでした。お腹も切らずに、無痛安産出来たことも、神癒のありがたさはまた格別ですが、実家のお母さんが、神癒と生長の家の有り難さがわかって下さったことも、私にとっては最大の喜びと思い、心の中で思わず知らず万歳と叫びました。
妊娠中毒症は、産まれ出る子供に被害が多いとも聞かされておりましたが、2,650g位で、小さい赤ん坊ではありましたが、産まれる時は一所懸命だったのか、その後は乳も充分呑むようになり、親子とも20余日を過ぎたこの頃は、見違える程元気になり、家内一同の有り難さもひとしおでございます。誠にありがとうございます。私も本年4月の練成に14日から約一週間、友達3人と参加させて頂き、素晴らしき愛の御講話の幸福感と絶大なる悦びを心に抱いて帰りました。魂のふるさと宇治へと、再度友達を誘い参加させて頂ける日を楽しみに、お礼参りにと希望致しております。

126,義妹の卵巣癌が消えた

                        T.Aさん 「宝蔵」第184号より  2008年10月7日更新

私の弟のお嫁さんの卵巣癌が消えましたので御礼申し上げます。
昨年10月中旬頃に弟夫妻に子宝が授かりました。(結婚して一年になります)義妹が婦人科へ診てもらいに行きましたところ、妊娠していることがわかったと同時に卵巣にカゲがあり、はれて大きくなっていることもわかりました。
彼女は大変ショックを受けましたが、担当の医師のおコトバが素晴らしく勇気づけられたそうです。
「卵巣癌はなかなか早期発見は難しいですよ。ほとんどの方は自覚症状もなく、そのまま過ぎて異常に気づいて病院に来る頃は、末期状況になっているのですよ。貴女はついていますよ。赤ちゃんがあなたに知らせてくれたんですね。子宝が授かったおかげで早期に発見出来たのですからね。もう大丈夫ですよ」と。本当に素晴らしいお医者様のおコトバのお蔭で、本人も前向きに頑張ろうと明るく元気にしておりました。
弟夫婦から病状を知らされて、私は早速に「神癒祈願」を申し込みました。義妹は2週間毎に検査をしていましたが、癌の場合に出る血液中のあるタンパク質の数値が正常の方で10倍もあり、やはり左の卵巣は摘出手術をしなければいけないとの事でした。
赤ちゃんが子宮にやどっているため、薬を飲むことも出来ず、治療もせず役一ヶ月が過ぎました。手術のため入院する日がやってきました。「念のためもう一度検査しましょう」と、医師に言われ再検査しますと、卵巣の腫れもひいてカゲもなくなり、血液検査も正常の数値まで下がっていたそうです。医師は首をかしげ不思議そうに「きつねにつままれたようだ」と言われたそうです。
入院の用意をして病院に行ったのですが、その足で家に戻ることが出来ました。弟夫婦・両親・そして私もみんなで神様に心から感謝致しました。今まで体験談集の中だけの奇蹟であって、まさか身内に起こるとは思ってもみませんでした。(神様すみません。)今回のこの奇蹟は私の信仰生活にとりまして、大変貴重な体験となり、弟夫婦に感謝すると共に、神様の癒しの中で生かされていることの有り難さに只々、感謝の思いでいっぱいです。

125,乳ガン癒ゆ

                        F.Eさん 「宝蔵」第201号より  2008年10月7日更新

この度、神癒祈願のお蔭で乳ガンが癒やされましたので、御礼申し上げます。
私は二年前に、乳腺炎を患いました。急に右のお乳がとても腫れ、熱を伴い、病院で黒っぽいウミのような、血液のようなものを絞って出して治療して頂きました。その時はお薬をしばらくいただき、快方に向かいました。ところが、昨年頃から肌着に血液のようなものが付くようになりました。これは2年前に乳腺炎にかかった時に残った悪いものが、出て行っているのだと思っていました。しかし、今年3月6日に家族で温泉に行きましたところ、右の乳首からボタボタと黒っぽい血が出て来ました。
3月8日に前の病院へ行きましたところ、お医者様は「これは乳ガンだ」と診断されました。この先生は県内では乳ガンの名医だと評判の先生です。造影剤を入れてレントゲンを撮って頂きましたところ、「これは手術しなければいけない」と言われました。また「乳首から出ている血液のようなものの細胞検査をするから、11日に来院しなさい」と言われました。
それで、3月9日に宇治別格本山に神癒祈願を出させて頂きましたが、それからは不思議にピタッと乳頭から出ていた血液のようなものが止まりました。3月11日にまた病院に行きましたところ、「検査の結果がよいから、3ヶ月に一度来院しなさい」と申されました。
しかし、私は4月5日に再び病院を訪ねました。そしてレントゲン写真と乳頭をきつくしぼって液体を検査に出しました。院長先生は、沢山の乳ガンの患者さんを診察なさっておられますから「あなたは乳ガンだと思うが、レントゲン写真にはその症状が出ていない。手術しても何もなかったらいけないから、手術はしない。明日液体(血液)の検査の結果が出るから、私に電話を入れるように」と言われました。そして、検査の結果ははやり良好とのことでした。
これはきっと神様から神癒を頂いたのだと、心より感謝いたしております。ありがとうございました。

124,奇胎泡状妊娠と癌癒ゆ

                        S.Kさん 「宝蔵」第263号より  2008年10月3日更新

合掌ありがとうございます。七月五日の朝八時に妹から「娘が緊急手術をすることになった」と電話が入りました。私はすぐに宇治の神癒祈願をお電話で申し込みさせて頂きました。
電話で受け付けて下さいました時、「すぐに祈りに入ります」とおっしゃって下さったお言葉で、「ああ神様に救われた!」と感無量の大安心を得させて頂きました。後でわかったのですが、病院の検査では奇胎泡状妊娠の上、癌であるので緊急手術をすると云うことだったのです。
手術は十時に行なわれたのですが、最初は子宮も摘出しなければいけないと云われておりましたが、子宮も残したまま短時間で終了することができました。入院も五日間で済みました。二週間程自宅で静養しまして、現在では元気で職場に復帰しております。
これもひとえに神癒祈願でお祈りして頂いたお蔭と心より感謝申し上げます。
本当に常に導き下さいます神様、御先祖様に感謝いたします。ありがとうございます。再拝

123,兄と友人二人が救われた

                        T.Mさん 「宝蔵」第253号より  2008年10月3日更新

私の兄は、実家で養鶏業を営んでいます。七月より痛風が再発し、疼痛、腫脹、関節水腫となり仕事ができなくなりました。実家の母より兄の神癒祈願の申込みをして欲しいと言われ、早速、宇治に申し込みしました。兄は翌日より元気に仕事をすることができるようになりました。 本当に有難うございました。
八月には、私の友人よりご相談を受けました。小学校一年生と二歳に満たない子供の育児によるストレスが重なり子供に当たってしまい、そのたびに自己嫌悪に陥る状況で、過換気症になり頭痛もあり、しばらく動けないくらい大変な思いをされていました。
まず、宇治別格本山の神癒祈願の説明をさせて頂き、私の方で祈願の申込みをしました。 しばらくしてから、「あれから不思議に良くなったよ。お蔭様でありがとう。いつか恩返しするね。」と言って大変喜んで下さいました。
八月の下旬には、誌友さんに電話しましたら、突然「もうだめ、死にたい」と言われました。大変大きな問題を抱えているにもかかわらず、一心不乱にご先祖様の供養や旦那様の看病もしておられていました。しかし、一番の理解者だと思っていた旦那様から、辛くなるような言葉を言われ、張り詰めていた糸が切れてしまったようでした。「これからすぐ宇治の神癒祈願を送るから」とお伝えし、すぐに申し込みました。
その後、お会いした時、「神癒祈願を送ってくれると聞いて、これでやっと神様とつながると思い、安心できた」と言われました。
生長の家の白鳩会壮年層講演会や講演会でも体験発表をされました。こんなにも実相が顕現され、深く感謝しております。
今回の出来事は、私自身の信仰姿勢の問いかけでもありました。より広く深く真理を学び、ご縁を頂きました方々にみ教えを伝えてまいりたいと思っています。

122,千客万来・喜びのバラ栽培

                        M.Rさん 「宝蔵」第179号より  2008年9月26日更新

合掌 ありがとうございます。平成10年11月より、主人の会社の繁栄のために、およそ一年にわたって神癒祈願をお願いしましたが、遅々としてなかなか現象界には神癒が現れて来ませんでした。
主人の仕事はバラの生産業で、今までの規模を三分の一に縮小し新しい土地に移りましたが、役所とのビルディングパーミットを得るために、次から次へと難関を通り抜けなければなりませんでした。その度にパーミット代を支払い、予定は遅れ、オランダより取り寄せたバラの苗は寒さでダメになったりで、当時の主人を見てよく他の人は言ったものです。「僕だったら投げ出すか、気違いになるだろうね」と。
最初の一年は売却した土地代も底をつき、無収入でしたが、神様に護られているという安心感で、従業員を抱えてとにかく乗り越えられました。翌年からヒーターがブリンハウスに入り苗木も暖められ、少しずつ花が咲き感激の初出荷でした。以前からやりたいと思っていた小売も始め、ボチボチとお客様が出入りするようになりました。花の新鮮さと格安が人を呼び、その人が喜んで口から口へと伝えてくれるようになって、小売を始めて一年満たずで、今では千客万来の様を呈するようになりました。そして何よりも嬉しいのは、只の商売繁盛だけではなく、喜びを売っているという感が強いことです。何故かと申しますと、来る客来る客が喜んで下さるのです。
この事は、神癒とは最も善き時に、最も善き形をもって顕されるということを教えて頂いた貴重な体験でした。私達としては、いずれは電光掲示板のようなものを店の前に掲げ、生長の家の“善きコトバ”を載せて、多くの人々に真理の言葉を雨降らしてあげ、ご恩に報いたいという夢を持っております。本当に本当にありがとうございました。

121,主人のアゴの癌癒え、念願の宇治一般練成会に参加

                        K.Kさん 「宝蔵」第260号より  2008年9月26日更新

この度、主人の神癒祈願を三月と四月にお願い致しました。
今年の一月ごろより、時々左の歯ぐきと左アゴが傷んでいたようですが、三月の中頃までそのままにしておりました。気になるので近くの病院へ行きましたところ、「当院では手に負えないので大阪府立病院へ紹介状を書くから行きなさい」と言われ行きました。
検査の結果、癌だとわかり、三月二十八日に入院、四月三日に手術と決まりました。手術は最初十二時間はかかると言われましたので、私と子供と交代で病院に詰めました。左足の骨を左アゴへ移植するという大手術でした。当初、心配された出血もそんなになく、輸血もせずに手術は十一時間で終わり、一時間早く済みました。その後体調も良く、食もすすみました。
手術後、担当の主治医の先生から、「去年の十月頃から癌が出来ていた様で、レベル四が末期、ご主人はレベル三・五~四の手前で危なかったですよ」と言われてビックリすると共に、生長の家で良かった、神癒祈願の御蔭で神業を見せて頂いたと感謝と感激でいっぱいです。
これからは、神様、人に物に事に感謝し我を捨てて生きて行きます。今、聖経『甘露の法雨』の千巻読誦をさせて頂いております。
五月一日には無事退院致しました。以前から念願していました宇治の練成会を主人に勧めましたところ、十日からの一般練成会に参加すると言ってくださいました。本当に本当にありがとうございました。

120,最もふさわしい大学に合格、 万事好都合

                        S.Hさん 「宝蔵」第250号より  2008年9月18日更新

あじさいの美しい季節となりました。
昨年十月壮年層の研修会で宇治に行きました時、長男が大学受験を控えておりましたので、合格祈願をお願いしました。 お蔭で生長の家大神様がお導き下さると大安心の気持で、 日々生活させて頂きました。センター試験で高得点との勝手な願いは叶えられず、現象的には最悪で、息子も私も落ち込みました。妹からの「神様の計画と姉ちゃんの思いが違っただけよ」の言葉に、これも導きと気持を切り替え、前期試験に臨みました。第一志望の◯◯大学の合格判定はEでした。本人は、親の願いの現役合格を思ってくれたのでしょうか? 第二志望は徳島大学に出願しました。倍率が昨年は、二・五倍でしたのに今年は、四・八倍で担任の先生より「爆発したな、頑張れよ」の激励の言葉に本人はファイトが湧いてきたと勉強に励んでおりました。数字に弱い私はいらぬ心配も致しましたがお蔭様で、神様、 ご先祖様のご加護を賜わり、徳島大学に合格することができました。
今は、色々ありながらも神様は息子に最もふさわしい大学へとお導き下さったと感謝です。ありがとうございました。
住まいも大学まで自転車で三分、学生マンションの一階角部屋を借りることができました。一番の心配である食事は、大学生協を利用させて頂き、美味しいお食事を一日三食頂いているようです。
万事好都合で子供と共に喜んでいます。その上に無限供給の世界、授業料免除までの神様のプレゼントを頂きまして、ただただ感謝でございます。ありがとうございました。 再拝

119,人型にパワーを感じ次第によくなる

                        M.Kさん 「宝蔵」第244号より  2008年9月18日更新

神癒の人型が送られてきた時、すごいパワーを感じました。
以前から背骨の変形、首の異常で体がきつかったところに、今年の七月に左足くるぶしのところを骨折してしまいました。その後、体調を崩し、肩や腰まで痛み、寝ていても楽ではありませんでした。
十月に宇治に行きましたので神癒祈願のお願いをしてきました。人型の期限がきれるまではあまり変化はなかったのですが、その後一ヶ月くらいしてから、次第に体が楽になってきております、期限がきれた人型ですが、まだパワーを感じます。
人型をお返しするにあたり、昨日、合掌の間に挟みお礼して寝たところ、昨夜は、体の痛みをほとんど感じなく、ぐっすりと眠ることができ、パワーに驚いております。
この人型は私の手から離れますが、よろしくお願いします。ありがとうございました。

118,息子の喘息癒ゆ

                          K.Tさん 「宝蔵」第55号より  2008年9月8日更新

神癒祈願で私共の息子の喘息が癒されました。なんといってお礼申し上げればよいか、親子共々、感謝の気持ちいっぱいでございます。
マラソンしても、拳法の組手をしても、全く喘息が出ず、嘘のようで、毎日家に帰ってくる子供に、はじめは「今日はどうだった」と聞くのが楽でしたが、1ヶ月にもなりますと、「ああ、もう大丈夫なんだ」と皆が見るようになり、「おかえり」と喜んで迎えられるようになりました。

117,初出馬の甥トップ当選

                        O.Sさん 「宝蔵」第116号より  2008年9月8日更新

この度、4月に行われました統一地方選挙に甥(姉の長男29歳)が、市議会議員選挙に立候補致しました。早速、宇治の神癒祈願を申し込みました。そして出馬の甥は4,600票余の得票数で見事にトップ当選をさせて頂きました。
甥の選挙にあたり、自ら後援会長を引き受けて下さった方の奥様も熱心な生長の家の方でしたので、これも神様の導きだと思いました。定員30名のところ33名が立候補し、少数激戦の選挙でしたが、甥は最年少ながら見事トップ当選でした。又、マスコミの報道によると、甥の住んでいる市の規模の地方選挙では日本一の得票数だったそうです。これもひとえに、神癒祈願のお蔭と心より感謝申し上げます。

116,孫の川崎病癒ゆ

                         W.Yさん 「宝蔵」第209号より  2008年9月4日更新

先日、神奈川県にいる孫(2歳4ヶ月)が川崎病にかかり、宇治に神癒祈願をお願い申し上げました。思いもかけずよくならせて頂けましたのも、ひとえに神癒祈願のお蔭でございます。ここに心より御礼申し上げ、感謝のご報告をさせて頂きます。
私達老夫婦が11月に息子達一家を訪ねた折、孫が風邪で熱を出してしまいました。かかりつけの病院に行きましたところ、「どうも様子がおかしい」ということで、総合病院を紹介されていきました。そこでは「すぐ入院しなければいけない」と言われましたが、病室は満室でしたので、また次に国立病院を紹介され入院することになりました。
孫は検査の結果、完全な川崎病(幼児の急性発疹性疾患)と診断されました。そして病状が余り善くならなかったので、もっと高度な医療技術・設備のある市民病院へと転院することになりました。そこでは2回も人工透析を受けました。母親(私の娘)は夜になると40分もかかる自宅へ帰る大変な生活となりました。母親はくたくたになり、ある夜「お母さん、お祈りをして下さい」と言って泣きながら電話をかけてきました。私はどうすることも出来ず、夜明けを待って神癒祈願をお願い致しました。
透析が終わった翌日頃より(2回の透析でだめなら後1回透析を受けるところでした)ぐったりしていた孫が元気になり、ご飯を食べられるようになり、日に日に快方に向かっていきました。神様が見守りお導き下さったのです。そして20日間で無事退院することが出来ました。
現在は、お陰様にて元気に遊ぶことが出来るようになりました。最近はよく肥ってきた様子で、人型と一緒に元気な可愛い写真も送ってきました。本当にありがとうございました。再拝

115,本当に急ヘルニアだったのだろうか?

                          N.Hさん 「宝蔵」第55号より  2008年9月4日更新

一昨年草刈りの時にギックリ腰をを起こして以来、特に昨年10月からは殆ど会社に出勤出来ない状態で、2ヶ月間治療に専心しましたがはかばかしくありませんでした。そこで昨年12月19日に神癒祈願を申し込み、21日からは地元の練成会を受けました。
そのおかげをもちまして、2ヶ月間休職し、その前からずっと治癒しなかったヘルニアと、腰痛が、胃までは完全に治りました。私は不思議に思うのですが「本当に自分はヘルニアだったのだろうか」と訝るような次第です。今まで体験のなかった私にも、神様は素晴らしい神癒を与えて下さったことに深く感謝し、大いに頑張ります。

114,大腸癌が癒やされた

                         U.Kさん 「宝蔵」第223号より  2008年9月2日更新

今年2月の中旬頃、私は主人(77才)の大腸癌の神癒祈願をお願い致しました。宇治の皆様には、ご祈願戴きまして本当にありがとうございました。主人は検査を6回も受けましたが、その都度、病状が善くなり、とうとう癌は消えて無くなりました。神様、ありがとうございます。
この度主人は、癌の自覚症状は無かったのですが、町の総合検診で異状が見つかりました。私自身も含めて、妹も、友達数人も、真理を実践した方は、皆癌が消えてしまった体験から「癌程治りやすい病気はありません」と私は信じていました。それで私は「大丈夫、癌はすぐに消えてしまいますから」と主人にいいました。それでも主人は「癌は治るはずがない」と言って、とても心配していました。  そこで宇治別格本山の神癒祈願をお願いすることに致しました。主人は、宇治から送られた神癒人型を肌身離さず身につけ暇を見つけては聖経『甘露の法雨』を誦げていました。そして「神の子・病なし」の真理を悟り、神癒祈願の有り難さを解らせて戴きました。
主人は便秘がちでトイレの時間が長いため、今は「昨日戴きましたご馳走が全部血となり肉となり、本日皆様のために働くエネルギーとなりました事、感謝いたします。大腸さん、小腸さん、直腸さん、寸暇の休みもなくお働き頂き、お陰様で毎日元気に働く事が出来ます事、感謝致します。ありがとうございます」とトイレの中に入って毎日唱えています。神様そして宇治の祈願部の皆様、本当にありがとうございました。感謝合掌

113,二分脊髄、水頭症、無事生まれないと言われた子が今では9歳

                         O.Nさん 「宝蔵」第251号より  2008年9月2日更新

私達夫婦の宝、三人の子宝を神様より授けて頂きました。二人の元気な男の子、そして三人目待望の女の子を妊娠中の九ヶ月の時に、赤ちゃんが二分脊髄と水頭症の病気になっていると言う事で、無事生まれてこれるか、生まれてこれても歩くことが出来ないかもしれないと病院の先生に告げられ、女の子の誕生をとても楽しみにしていた私達は、天から地に落とされるくらい悲しみました。
母に話をすると神様にすがる思いで神癒祈願のお守り、神癒人型を私に持たせて下さいました。私は毎日お祈りし、生まれてくれる赤ちゃんが生死をさ迷い、足が不自由かもしれないと言われても、私の赤ちゃんに生まれてきてくれることに感謝し「ママが赤ちゃんの足になるから安心して、大丈夫だから頑張れ頑張れ」と励ましました。無事生まれてきてくれましたが、生まれてすぐに背中の緊急手術、そして頭、足と6歳までに7回もの手術に小さい体で耐え、病院の先生方にも「この子はとても生命力の強い子です」と言って頂き、今では9歳になり、足のことも忘れてしまうくらい元気で明るく友達もたくさん出来、毎日楽しく過ごしております。
私達夫婦に笑顔の可愛いかけがいのない命、神の子さんを授けて下さった神様に感謝し、いつも優しくも守ってくれ、お守りを送り続けてくれた父母に感謝し、私を支えてくれたすべての人、主人、子供達に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

112,肺気腫癒ゆ

                         Y.Jさん 「宝蔵」第243号より  2008年8月27日更新

先月神癒祈願をお願いいたしました者でございます。今年2月より体調を崩し、地元の練成会にも参加出来ず、我が家にて参拝させて頂いております。
4月5日にかけて肺気腫を患い、入退院を繰り返しておりまして、その時あまりの苦しさで救急車で病院に運ばれる途中、車内で病院に着くまで命があるのかしら等と随分心配しました。
私の病名は肺気腫とかいう病気は肺が縮み、その上、肺に穴が開くので息は一息毎に苦しくなり、救急隊員の方が「大丈夫かね」と尋ねて下さるのですが、返事する事が出来ずにただ頭を上下に動かす程度でした。私は、病院までの車内で「実相円満完全、私は神の子 完全円満」と40分の道のりを一刻も早く到着する事と、命がある事を心の中で祈り、神様 神様とお呼びしてようやく病院の玄関に入り、早速肺専門の先生に巡り逢うことが出来ました。 三回目で素晴らしい先生に出逢ったのも神様の素晴らしい御守護と心から感謝致しました。他の人から肺気腫のお話を伺いましたが、この病気は、三回出たらたいていは助からないと言われ、私は三回目でしたので内心とても心配したけれども「神様は常に私のそばで見守っていて下さる、私は神の子大丈夫」と心に言い聞かさせ、全てを神様にお任せ致しました。
今度で三回目、全身麻酔で手術をしなければいけないし、その全身麻酔が、果たして私の体に耐えられるかどうかと心配されて、身内の方にお話があるのでとこちらから連絡をとりますと言われました時は、内心、死の報告かと思いましたが聖経『続々甘露の法雨』に記されているとおり、すべてを神様にお任せするようにとありましたので、私も神様が絶えず見守っていて下さる事を心に深く思い、すべてを神様にお任せ致しました。
その甲斐がありまして今は元気になりました事を心より感謝しております。この度は神癒祈願の素晴らしさを体験致しました。

111,C型肝炎癒ゆ

                         M.Sさん 「宝蔵」第94号より  2008年8月27日更新

昨年の暮れ、健康診断で肝機能の数値が異状に高いので、精密検査を受けるように言われました。今年の初めに肝臓の専門医院に行き、精密検査を受けました。各種の検査C型肝炎と宣告されました。医師の話では、以前私が子宮筋腫の手術の際に、輸血したその血液が原因ではないかと言っておりました。早速、宇治の神癒祈願を申し込みました。
2月の中頃より6月の初めまで、インターフェロンの治療を受けました。治療を始めてから一ヶ月くらいで肝機能の数値は正常に戻りました。しかし、医師の話では最低三ヶ月間インターフェロンの治療を受けるようにとの事で、合計53本のインターフェロンを打ちました。その間、毎月宇治別格本山の神癒祈願を続けておりましたので、“全て神様がよくして下さる”との感謝の気持ちで生活していました。神癒祈願のお蔭で、副作用は殆どなく治療を終えることが出来ました。(副作用のひどい方は、高熱で体が衰弱し頭髪が抜けたりするそうです)
6月中旬の精密検査の結果、ウィルスはマイナスとのことでした。医師は「あんたは運の良い人だネ。副作用も全くなく、又、肝機能の数値は正常になっても、ウィルスがマイナスになるのは、ほんの数割しかないんですよ」とニコニコ顔で言われました。その後、元気で愛行に励んでおります。これも私のために真剣に祈って下さった先生方のお蔭と心より感謝申し上げます。

110,公務員に内定

                         M.Kさん 「宝蔵」第218号より  2008年8月13日更新

合掌 ありがとうございます。私はこの度就職の祈願が成就致しましたので、報告させて頂きます。
長い間、どうしても公務員になりたいと願っておりました。そこで平成15年5月より宇治別格本山において就職成就の神癒祈願をお願い致しておりました。
私の場合は、少し特殊でありまして、東京都内に住んでいるにもかかわらず、九州で生活がしたいと思っていました。九州の人々の温かい人柄や、美しい自然、素朴な雰囲気にすっかり魅せられてしまったためです。そこで「どうしてもその県で公務員そして就職したい、働きたい」という思いが募り、公務員試験を受ける事にしました。
さて、就職試験の方ですが、最初の筆記試験は何とかなりました。しかし、面接試験では試験管に「あなたは何故、東京都内に住んでいるにもかかわらず、この遠い九州で就職しようと考えているのですか?」と問いつめられ、大変苦労しましたが、お蔭様でうまく乗り切る事が出来ました。
そして、無事に最終試験にも合格し、職員として採用されました。とても嬉しく思っています。しかし、これからが本当のスタートだと思っています。
これからも生長の家の信仰を活かし、九州での仕事や生活に頑張っていきたいと思っています。最後になりましたが、宇治別格本山の皆様、就職試験に合格させて頂きまして、本当にありがとうございました。感謝申し上げます。合掌

109,十年来の疾患癒ゆ

                         N.Tさん 「宝蔵」第86号より  2008年8月13日更新

母が私のために宇治の神癒祈願をお願いいたしました。お蔭様で十年来の各種の疾患が全て良くなりましたので御礼申し上げます。
私は中学生の頃より今まで、何十年間も生理痛で苦しんでおりました。さらに病院での検査の結果、貧血、過呼吸症候群、過敏性大腸炎、肝機能障害等々、沢山の病名を頂き自分でも驚いておりました。こんなに生長の家の真理を勉強しているのにどうして?……と思い、まだ22才でこんなに多くの病気を抱えているなんて、悲しくて悲しくてたまりませんでした。高校を卒業して社会に出て5年。働いていた会社も病気の治療のために退職しました。
10月の初め、神癒祈願をお願いし、2日位してから私の身体に自壊作用が起こり始めました。一日目は貧血で立ちくらみがして、手足が冷え切って青ざめていましたが、“絶対良くなる!必ず良くなる!”と信じ、一心に「ありがとうございます」を唱え続けました。次の日は下腹部が痛くなり、お腹が張ってすごく体がだるくてたまりませんでした。次の日は左の子宮のあたりが、ズキズキと痛み苦しみました。次の日は腰が痛み。次の日は右足の膝が痛み。と次々に私の患っていたところが一日ずつ痛んで苦しみました。そして次の日は、全ての痛みが消えてしまいました。これで十年来の全ての疾患が治ってしまいました。
神癒人型を手に挟んで神想観を続けている中で、ふと「実相とは何か?」と心を通り過ぎるものがありました。その時私は、毎日家の「實相」額を通して神想観をしていますし、何度も素晴らしい講師のお話を聞いたり、沢山の真理の本を読んだりしていましたが、全く「実相」を解っていなかったんだと知りました。私は神の子であって、“肉体はない。病はない”と頭で解っていたはずなのに、私は肉体を掴んでいた。病気を掴んでいたと思い、改めて気づかせて頂くことが出来ました。何故か涙がポロポロと流れ出してしばらく止まりませんでした。
今では以前より、もっともっと見るもの聞くもの全てのものがありがたくてありがたくてたまりません。神癒祈願のお蔭で病もなくなり、真理を深く悟らせて頂きました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

108,長女がピアノを両手で弾けるようになった

                   H.Tさん 「宝蔵」第274号(最新号)より  2008年8月8日更新

合掌ありがとうございます。ピアニストの長女(48歳)が八年程前から右人差し指がぶらぶら状態となり、同指単独で動かすことが出来なくなりました。その為、両手でのピアノ演奏が困難となり、東京都内の整形外科、脳神経外科、鍼灸院など何軒も渡り歩きましたが、その原因が分かりません。ピアニストにとって両手でのピアノ演奏不能は致命的でありますが、医師達はさ程痛みもなく、文字を書くのが多少不便なだけで日常生活に特に支障がないのだから問題ないとして理解してもらえず苦悩の日々を送っておりました。その様な状況で悩んでおりましたところ、今年になって「世界の音楽家を治療する手の外科医」仲尾先生の治療を受ける幸運に恵まれました。
診察の結果、四月上旬に手術を受けました。一方、宇治別格本山に神癒祈願をお願い致しますと共に、早朝神想観において「人間・神の子完全円満病なし」と念じ、既に右手指の障害は消滅し両手で見事なピアノ演奏をしている姿を心に描き、一心不乱にお祈り致しました。
神業的な技術を要する難しい手術も無事終わり、術後の経過も順調で、術後三週間目に治療状態を診られた先生は、「これは素晴らしい!」とまるで生長の家の信徒さんのようなお言葉を発せられたそうです。
信仰を深め、常に神の御心に心の波長を合わせていると、神(仏)は、人・時・処三相応により色んなお姿で顕現し給うと申します。この度は名医の姿となって救済の手を差し伸べて下さったと思いますと有難い気持ちでいっぱいでございます。今では希望と喜びと感謝の気持ちに満たされて、毎日明るくピアノ演奏に取り組んでおります。
これも生長の家の大神様の御導きと宇治別格本山の先生方の御愛念の賜と深く感謝申し上げます。 再拝

追伸
私事ですが、平成十五年に心筋梗塞に罹りカテーテルによる冠動脈形成手術を受けました。その際にも神癒祈願をお願い致しました。医師によると同手術を受けた患者の約六割は一年以内に再狭窄を起こし、再手術、更に開胸の上バイパス手術をしなければならないとの事です。ところが四年以上経過しても何ら自覚症状もなく、諸検査数値も全て正常範囲内で推移しているのは極めて希なケースであるとして、担当医師が学会に論文を発表されたそうであります。
右、ご報告方々重ねて御礼申し上げます。

107,孫の脳腫瘍が消えた

                         N.Yさん 「宝蔵」第119号より  2008年8月8日更新

この度、神癒祈願のお蔭で孫の脳腫瘍が癒されましたので御礼申し上げます。
孫が右耳に異状を感じて地元の国立病院の耳鼻科で診察を受けました。右耳の鼓膜近くの上部に「真珠腫」があり、それを手術で取り去ることになりました。さらにCT検査で脳の中央に小さな腫瘍があり、それは脳外科の医師と相談して手術する様に言われました。医師の話で、その脳腫瘍の箇所は神経が多い所で難しい手術になると言われましたので、神様に消して頂きたいと思い、宇治別格本山の神癒祈願を申し込みました。
7月17日に孫は国立病院で「真珠腫」の手術をしました。大変順調に回復し、元気で退院しました。尚、脳腫瘍は担当医の指示により最新設備のある病院で再検査をし、その結果を8月8日に国立病院に持参しました。担当医師がレントゲン写真を見て、「脳腫瘍は消えている」と言われました。本当にありがとうございました。

106,神癒祈願によって癌が消える

                       U.Mさん 「宝蔵」第79号より  2008年8月3日更新

私は練成に来るまで半年も入院をしていました。 昨年の9月のこと、ある日突然お医者さまから「卵巣癌が、胃も腸も肝臓も腎臓も肺も全部に転移してしまっているから、あと3ヶ月くらいしかもたない」と言われ、余りにも突然で、もう目の前が真っ暗になり、もうどうしていいのかわからないままに癌の治療が毎日続き、それはもう口では言えない程の苦しいつらい泣きどうしの日々が続いている時、同じ病院内の家政婦さんに生長の家の方がおられ、その人が「宇治の神癒祈願を出しなさい」と言って下さり、もう、わらをもつかむ思いで苦しくて情けないほどの体で一所懸命に書き、宇治へ出してもらいました。そして聖経『甘露の法雨』を息絶える体で毎日一所懸命に読ませてもらいました。
そのお蔭でお医者さまがびっくりする程の奇跡がおきたのです。 「あと三ヶ月でだめだ」と言われた癌がたくさん消えて、あと一個になりました。まるで夢のようです。 私は生長の家のお蔭でこんなに元気にしていただきました。もうただただ感謝するばかりで胸がいっぱいです。もっとくわしくいっぱい書きたいのですが、時間がないので書けなくて残念です。ありがとうございます。

105,兄の胆管癌が消える

                       N.Sさん 「宝蔵」第185号より  2008年8月3日更新

  私の兄(75才)は4年前に、癌のため胃の手術二分の一と、十二指腸の三分の二を切除しました。手術は成功し、無事退院することが出来ました。医師に「200人に一人の確率で助かりましたよ」と言われました。 退院後、元気で生活しておりましたが、昨年末、体調を崩し病院へ行きました。各種の検査の結果、胆管の癌が発見されました。医師より「手術は出来ません。抗ガン剤の治療しか方法がないので、入院して下さい」と言われました。 入院した兄は、一番強い抗ガン剤を投与されました。そして、とても激しい副作用が出て、苦しんでおりました。
早速、私の兄のために宇治の神癒祈願を申し込みました。兄は宗教嫌いのため、私が「神癒人型」を合掌に挟んで「既に癒されたり」との祈りと聖経読誦に励みました。 祈り始めてから5日目に、兄の副作用はとても楽になり、食事も普通に頂けるようになりました。その後、抗ガン剤を投与されても副作用は全く無くなりました。そして、1月12日に退院しました。 2月15日には、血液検査OK、エコーやその他の検査を異常なしとのことでした。胆管の腫瘍の中も消えておりました。
兄はビールを飲んだり、遠方まで車を運転したりして、元気に気持ちよく生活しております。 生長の家の大神様、神癒祈願の講師先生、信徒の皆様の霊波、ご愛念に心より感謝申し上げます。

104,娘婿が理想的職場に就職

                       H.Iさん 「宝蔵」第242号より  2008年7月26日更新

  この度、私の娘婿の就職の件で(先々月より)神癒祈願をお願い致しております。勤務しておりました会社から退職勧告を受け、本人および家族、そして私共夫婦が大変、悩み苦しみましたが、生長の家の大神様の大きなご加護とお導きにより、理想的な素晴らしい職場に就職出来ましたことをご報告し、感謝申し上げます。
何社か他の会社に就職依頼の申込みをしておりましたが、一次面接は通過したものの、二次面接が延び延びになっており、結果待ち(二次面接の日程の返事待ち)になっておりました。
ところが、私の娘婿が勤務する会社の親会社が、特例として本人を採用することを検討するという連絡が急遽入り、その受け入れ部門を探すとのことでした。その後、たまたま一人の空きができたので、そこに配属する予定との連絡が入りました。そこはまさに願ったり叶ったりの最高の部署でありました。
本人と家族や私共にとっては、思いもよらぬ好結果となりました。
ここに重ねて、御礼と感謝を申し上げる次第でございます。簡単ではございますが、ご報告をさせて頂きます。

103,激しいめまいと40年来の耳鳴り癒ゆ

                       Y.Hさん 「宝蔵」第40号より  2008年7月26日更新

合掌 ありがとうございます。神癒祈願成就の結果を報告させて頂きます。
12月練成会を受け、素晴らしいご指導を頂き、心身共に健康になりました。又主人の永代供養もさせて頂き、私の神癒祈願をお願い致しました。
宇治へ参りました時は、激しいめまいと、耳鳴りに悩んでおりました。あんなにひどかっためまいがいつ消えたか判りません。両方の耳鳴りも、ものすごいものでしたが、右耳はプスッと消えています。左耳に少し残っていますが、引き続き神癒祈願をお願い致したく存じます。何しろ40年来の耳鳴りですので、諦めておりましたけれどこの様な素晴らしい結果を頂き、うれしさで心も晴れ晴れと仕事に精出しております。
魂のふるさと宇治が大好きです。祈願の満願が18日です。引き続き祈願をお願いいたします。

102,アメリカの姉の場合

                       Y.Nさん 「宝蔵」第65号より  2008年7月19日更新

アメリカに住んでおります姉の神癒祈願をしました。先日、電話で姉の体の具合を尋ねましたら、今年のアメリカは寒いそうですが、体の調子が良く、いつもの年は、冬の間一ヶ月くらい入院していたのですが、今年はその心配もなく元気に暮らしていると聞き、祈願のお蔭と心から感謝しております。
このたび神癒祈願の人型と説明書を一緒に入れて、アメリカに送りましたところ、一ヶ月経って送り返してきましたが、その中に入っていました手紙に、「一ヶ月間お風呂に入る以外は、人型を身につけていた」こと、「聖経『甘露の法雨』『天使の言葉』『続々甘露の法雨』を一ヶ月間毎日誦げた」と書いてありましたので、とても驚き、又嬉しく思いました。
こんなことは初めてで、「今まで一度も思い出さなかったのに、急に父の命日を思い出した。とても不思議だ」と申しておりました。このごろは手紙の内容もとても心がこもり、私は嬉しくてたまりません。これもひとえに生長の家の御教えと、神癒祈願のおかげと、心から御礼申し上げます。

101,お蔭が次々と(胃ガン他)

                       Y.Hさん 「宝蔵」第133号より  2008年7月19日更新

この度、神癒祈願をお蔭で嫁に行った長女夫婦が2人とも、素晴らしい体験を頂きましたので御礼申し上げます。神癒祈願のお礼が遅くなってごめんなさい。私は昭和63年6月ごろに、病院で胃カメラ検査をしてもらい、それで、先生は「胃潰瘍だろう」と言いましたので、心当たりがあるので「ガンと言うことですか?」と大声が出て言ってしまいました。「入院」と言われていました。それから「盲腸だ」と言われていて、「手術しましょう」と言われていました。
そして、違う病院では「精神科に入院」と言われていました。それで実家の母が「宇治に行け」というので、練成会に昭和63年8月1ヶ月間、主人のお蔭で行かせて頂いて、幽斎殿に行って神癒祈願をお願いして、「人間神の子顕現」と「病気がなくなる様に」と書きました。何月頃か、又、胃カメラ検査とお腹のレントゲンを撮ってもらったら、細長かった盲腸はなくなっていました。胃が1/3以下に小さくなって、胃ガンがなくなっていました。