『 宇治だより 』  宇治を愛する人  

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『宇治だより』 第38  平成2年12月1日 

  心霊に満ち充つる宇治
   生長の家三重教区教化部長(当時) 半澤 フミ子


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十年前までは、大型バスに七夕飾りを積み込んで
毎年八月には盆おどりに宮城県から多勢参加させて頂きました。
八月を楽しみに踊りの練習をしていると、不思議に神経痛が治った人が沢山居りました。

宇治に着くと木々の緑も土も建物も神の声を聞いているような、次元の違う清々しさを味わいました。踊りながら御先祖と共に、此の御教えに救われた悦びを表現している実感がありました。

宇治川の豊かな流れに遊ぶ白い水鳥、そして水音を聞いていますと、御自分の命を絶たれても国のため民安かれと、皇位を徳高き仁徳天皇にゆずられた莵道稚郎子皇子の気持までもわかるような気がいたしまして、御陵を参拝させていただきました。

約十年前、本部に奉職させて頂くようになりましてからは度々お世話になりましたが、諸先生方、職員の皆様の清らかな温かさにふれます度に、宇治のすばらしさ尊さを感じました。

たしか兵庫県の白鳩会幹部研修会に出講させて頂いた時の事でした。

講堂一杯の幹部達の最前列、私の前に幹部会とは知らず参加したらしい新人らしい母娘が居りました。聞けば娘さんは中学生の時足がたたなくなったと云う19才の美しい人でした。

宇治に行ったら治るよ!と聞いて必死の思いで連れて来たのでしょう。

幹部の皆さんと相談をして15分祈って上げる事になりました。皆で演壇にかつぎ上げましたが、坐っても倒れるのですから母親に支えて貰っておりました。

終って壇上から皆にかかえられて元の席にもどりましたら、愛深い幹部達は元通り寝かせて、枕と毛布を持って来ました。

私は思わず「今實相を観て、もう病人扱いをするのですか!」と言って枕も毛布も片づけさせてしまいました。私のどこからこんな力強い言葉が出たのだろう……と思いました。

その時間は神誌拡大の時間でしたのでお話をしておりましたら、娘さんはやおら起き上がって廊下へ出て行きました。びっくりして追いかけて行き支えようとする母親の手を振り払って、どんどん歩いて階段を一人でさっさと降りて表に出てしまったようでした。皆さんもそれを見ようと表に出たので、お話が出来ませんでした。しかし驚く程の神誌が拡大されました。

これは心霊に満ち充つる宇治なればこそ病気なしの實相を見せて下さったのだと深く深く感謝いたしております。

 

 

 

 

 


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