神癒祈願とは

生命の実相の自性円満(そのままでえんまんなこと)を自覚すれば大生命の癒力(なおすはたらき)が働いて“神癒”となります。
(中略)
物質的方法によらず実相円満の自覚によって大生命のお力をよび起こして、われわれの不幸を癒していただく方法であります。

と谷口雅春先生は、ご著書『生命の實相』第1巻で説かれています。

  神癒祈願とは、この原理に基づいて大生命の癒しの御働きにより、病気や経済難などのあらゆる人生苦を消滅、結婚・就職・試験合格の成就といった「人間・神の子」の神性を開発するものです。


神癒人型について

①神癒祈願の申込みをいただきますと、神癒人型をお送りいたします。
人型は、祈願対象者の方のお名前を、「実相円満完全」の思念を籠めながら墨書し、祈願に際しては合掌の間に挟み、光明念波を強く印象しましたので、神癒の媒体となります。
祈願対象者の方も合掌の間に挟み、感謝の心で神想観せられますと、(正座出来ない時は仰臥のままで宜しい)神癒が実現いたします。
(この場合“神癒の社”の内で神癒を受けていることを心に描き、実相円満完全霊的実在・・・を御思念ください。)

②神想観以外の時間には、人型は患部に近い着衣の間(病気以外は適宜のうちポケット)に入れて携帯してください。

③期間が終わりましたら、神癒祈願課宛に人型をご返送下さい。

④諸事情により祈願を受ける人が「神癒人型」を携帯できない場合でも、申込者もしくは、ご家族やご友人等が持っていて下さって結構です。
ご本人が「神癒人型」をお持ちでなくても、神様の癒はその方へ届いております。
(その体験は『宝蔵』NO.317に掲載されています。ご覧下さい。)


祈願中の心得

聖典、普及誌を熟読し“人間神の子本来円満完全”の自覚を深める。

感謝はすべてを癒します。終日天地一切のものに感謝する。

③毎日一定の時間に聖経『甘露の法雨』を読誦して先祖に感謝の供養を行う。

④神癒成就のさまたげとなる感情(憎み、怨み、憤り、嫉妬、悲しみ等)を感謝と喜びの心にかえて、明るく生きがいのある生活をする

愛行、親切行は祈願成就の秘訣です
我を捨て、より多くの人の幸福の為、又国家社会の為に、真心をつくして真理を伝える。

⑥「神・自然・人間は本来一体成り」との心をもって、自然の恩恵に感謝し”自然と共にのびる”生き方を実践する。


神癒祈願について

あまり“祈り”を私個人に求められると、私の執筆の時間がなくなるので、一般には生長の家本部の神癒祈願部に申込まれるがよい。 人間が治すのではなく、神が癒し給うのだから、それで充分である。

私は、毎日一定時間の神想観のときに全部の誌友の幸福健康及び国家の安泰のために祈っているので、特定に“ある人”と定めた人に祈らないでも、私の祈りの波長を受ける心境になって頂ければ、 あるテレビセット所有者が、テレビ放送局に特別に「放送波を送ってくれ」と願わないでも受像できるように、神癒の功徳を受け得る筈である。

ところが、特にある人に頼まれて祈ってあげる場合には、何日から何日まで1週間とか、3週間とか期限を定めて祈ることを約束し(祈願部では原則として1ヶ月間)その祈りを受ける時間には、患者は病床に横たわった儘でよいから「今、神の癒やす力われに流れ入りて “病気あり” との迷いを消し去り給いて、本来、神の子の完全な実相をあらわし給いつつあるのである」という意味の言葉を黙念しながら、その神癒の霊波を吸い込む気持でしずかにゆっくりと深呼吸をしながら、神癒の霊波を自己の内に流れ入らしめ、それを充分吸収するがよいのである。

(谷口雅春先生著『生長の家』誌 昭和51年7月号「二十四日の法語」より)


相手の実相の完全さを本当に私たちが“祈る人”となってみつめるとき、その完全なる実相の体が、現象界に映し出されて、瞬時に癒えることもあれば、実相の完全さが徐々に映し出されて、日増しに健康を回復する。
その回復の遅速
は、病者本人の意識が、その真理をどの程度に受け入れるかによって定まるのである……そして、神癒は、感謝するところに常にアルのである。
大体、毎日吾々の肉体に新陳代謝が行われていることが、神癒が行われることにほかならない。

(谷口雅春先生著『生長の家』誌 昭和39年4月号の法語)




『宝蔵』No317号 掲載のお礼状 (平成12年2月)より

〈 神癒祈願礼状 〉

脊椎圧迫骨折の奇跡的な快癒
T.N.(女性) 

  合掌 ありがとうございます
先月一月十六日に電話で神癒祈願をお願いした者です。大変な大事故、大けがだったのですが、神癒祈願のお蔭で医師が「全くの奇跡だ」という程の快復振りで、お礼の報告をさせて頂きます。
こうしてお礼を申し上げることが出来きて、大変嬉しいです。本当にほんとうにありがとうございます。
実は、私は私立高校の養護教諭をしております。柔道の新人戦が一月十五日にあり、その試合中に私が勤めている高校の生徒が、相手に技を掛けられて背中から床にたたきつけられてしまいました。その生徒は脊椎の圧迫骨折になってしまい、首から下が全く動かなくなっていました。すぐに救急車で病院に運ばれて、七時間にも及ぶ大手術を受けて、手術は成功しましたが、担当医からは「最悪の場合は、首から下が全く動かせなくなるかもしれません」と言われたそうです。
翌日学校で、引率していた柔道部の顧問はおろおろとうろたえて、私に話してくれました。「生徒がそんな状態なら不安になるのは無理もない」と思いましたが、幸いにも私は生長の家の御教えに触れていますので、その話を聞いた時、不思議にも「その生徒はきっと必ず良くなる」という気がしました。その若い男性の顧問には「今は医学もとても進歩しているし、良くなっている人もたくさんいるよ。あきらめずに元気を出して彼の快復を信じましょう」と励ましの言葉をかけ、すぐに宇治へ神癒祈願をお願いした次第です。
私は今まで、数々の奇跡的な体験を頂いておりますので、その生徒は本当にきっと良くなるという確信に満ちた気持ちが溢れてきました。送られてきた生徒の人型を手に挟んで神想観をして、實相完全円満なすがたを祈り続けました。毎日病状を知らせてくれる教員へも「大丈夫、大丈夫」と朗らかで大安心の力強い言葉をかけてあげることが出来ました。
そして二月十日には、その顧問から「本人は初めて足を動かすことが出来るようになるまで、快復しました」と嬉しい報告をしてくれました。「神様ありがとうございます。本当に良かった」と私も嬉しくてたまりませんでした。今(二月二十一日)その生徒は退院して、リハビリに励んでおります。神癒祈願は本当に素晴らしいです。ありがとうございました。




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